研究の概要

私達の神経生物学研究室は「神経回路網の形成機構」についてマウスやラットなどの実験動物を様々な観点から研究を行っています。
 神経回路は、運動・感覚から記憶・学習等の脳の高次機能に至るまでのあらゆる神経活動の構造的基盤となっています。神経回路は、ニューロンが標的領域まで軸索を伸長した後、標的ニューロンを認識し、その樹状突起とシナプス結合することによって形成されます。神経回路網の形成課程は遺伝情報によって制御されていますが、さまざまな環境要因によっても影響を受けます。このような神経回路網の形成機構の解明は発生神経生物学における重要課題の1つであるのみでなく、自閉症などの発達障害や神経損傷時の軸索再生機構の解明の手掛かりを与えると考えられています。当研究室では、次のようなテーマで神経回路網の形成機構の解明に取り組んでいます。

(1) モノアミンと神経ペプチドによる樹状突起の発達とシナプス形成の制御
(2) 脳と行動の発達における環境要因とセロトニン神経系の役割
(3) Runxファミリー転写因子によるニューロンの分化と軸索投射の制御
(4) 重力ストレスがマウス脳の遺伝子発現に与える影響の解析

 

 

 

 

研究内容

 

1. モノアミンと神経ペプチドによる樹状突起の発達とシナプス形成の制御


 

セロトニン(5-HT)、ノルアドレナリンやドーパミンなどのモノアミン、およびカルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)やニューロテンシンなどの神経ペプチドはシナプスで神経伝達物質・神経修飾物質として作用し、またモノアミンの異常は様々な精神疾患との関連が指摘されています。一方、発生過程に目を向けると、モノアミンやある種の神経ペプチドはシナプス形成が起こる前から脳に出現することから神経栄養因子として神経発生へ関与することが示唆されています(Shiga et al., 2006)。私達はスライス培養法を用いて、5-HTが5-HT1A受容体を介してラット小脳プルキンエ細胞の樹状突起の発達を促進し、一方 5-HT2A受容体を介して樹状突起の発達を抑制することを明らかにしました (Kondoh et al., 2004)。それに対し、5-HT3受容体は大脳皮質のニューロンの樹状突起や軸索の発達を抑制します(Hayashi et al., 2009)。さらに、選択的セロトニン再取り込み阻害剤(SSRI)を用いた個体レベルの実験により、5-HTが発生ステージに依存してマウス海馬のシナプス形成を促進することを明らかにしました(Ishiwata et al., 2005)。
 5-HT、ノルアドレナリン、ドーパミンには多数の受容体サブタイプが存在し、その大部分はGタンパク共役型(Gi/o、Gs、Gq/11)です。そこで、受容体サブタイプの神経発生における役割を明らかにするために、ラット胎仔の大脳皮質や海馬の細胞分散培養法を用いて、樹状突起の発達とシナプス形成への作用を調べています(図1)。これらモノアミンに加えて、神経ペプチドの機能も解析し、CGRPやニューロテンシンが大脳皮質ニューロンの樹状突起の発達やシナプス形成を促進することを明らかにしました(Gandou et al., 2010, Harigai et al., 2010)。
 神経発達障害である自閉症やダウン症では、患児の末梢血などの生化学的解析や脳の画像診断により、セロトニン神経系やある種の神経ペプチドの異常が示され、発症との厳密な因果関係は不明であるものの、これらモノアミンや神経ペプチドと神経発達障害発症との関連が指摘されています。このようにモノアミンや神経ペプチドは脳の発達を制御し、その異常によって神経発達障害が引き起こされると考えられます。しかしながら、脳の発達を制御するモノアミンと神経ペプチド、およびその作用を伝達する受容体と細胞内シグナル伝達系は未だ不明な点が多く残されています。私達の研究は、これらの発達障害の発症機序を解明する手がかりになると考えられます。

図1 ラット海馬ニューロンの分散培養

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2. 脳と行動の発達における環境要因とセロトニン神経系の役割


 

胎仔期に受けた出生前ストレスはその仔の脳と行動の発達に影響を及ぼし、成体になってから記憶障害や不安亢進などを引き起こします。これらの過程に5-HT神経系(5-HTニューロン、5-HT受容体、5-HTトランスポーター)が関与することが示唆されていますが、行動の発達における5-HT神経系の役割は十分に解明されていません。私達は、出生前ストレスを受けたマウスに、 出生直後から選択的セロトニン再取り込み阻害剤(SSRI)を経口投与することによって、ストレスに起因する記憶障害や不安亢進が改善されることを明らかにしました(Ishiwata et a., 2005)。しかし、この作用を仲介するセロトニン受容体を不明です。また、出生前ストレスによる障害が生後の養育環境によって改善される可能性について、解析しています。

 

発達期の環境要因によって脳と行動が変わる!?

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3. Runxファミリー転写因子によるニューロンの分化と軸索投射の制御


 

Runxファミリー転写因子は哺乳類ではRunx1〜Runx3の3つが同定され、Runx1は主に造血幹細胞に発現し、急性骨髄性白血病の原因遺伝子の1つとされ、Runx2は骨芽細胞に発現し、鎖骨頭蓋異形成症との関連が、またRunx3は消化管粘膜上皮細胞に発現し、胃ガンの抑制遺伝子であることが示されています。このようにRunxファミリー転写因子は発生過程において重要な役割を持ち、疾患との関連が明らかにされています。一方、Runx1とRunx3は神経系でも発現しますが、その機能は十分に解明されていません。そこで私達はRunx1およびRunx3の神経発生における役割を解明するために、遺伝子欠損マウスを用いて、脊髄神経節(DRG)や脳神経節に注目し、体性感覚(皮膚感覚と固有感覚)を伝達する神経回路の形成について解析しています(総説として、Inoue, Shiga, Ito, 2008)。
 なお、この研究は伊藤嘉明先生、井上健一先生(シンガポール大)、高橋智先生、尾崎繁先生(筑波大学大学院人間総合研究科)との共同研究です。


(1) Runx3は固有感覚性の脊髄神経節(DRG)ニューロンの細胞分化と投射路形成に必要である
 Runt domainを持つ転写調節因子Runx3は、筋紡錘で受容した固有感覚を脊髄ニューロンに伝達する固有感覚性(筋求心性)のDRGなどの限られたニューロンに発生早期から発現します。Runx3 遺伝子欠損マウス (Runx3-/-) の解析により、このマウスでは固有感覚性DRGニューロンの脊髄(中枢の標的)と筋紡錘(末梢の標的)への軸索投射が消失していることがわかりました (Inoue et al., 2002、Nakamura et al., 2008; 図2)。その二次的な影響として筋紡錘も消失していました。しかし、Runx3がどのような遺伝子の転写調節を行っているかは未だ不明であり、現在解析中です。


図2 脊髄一次求心性線維の投射


(2) Runx3は機械受容性の三叉神経節ニューロンの細胞分化と投射路形成に必要である
 Runx3は、DRGに加えて三叉神経節などの脳神経節にも発現します。Runx3 遺伝子欠損マウスを用いて三叉神経節のニューロンの発生を解析したところ、機械受容性ニューロンの分化と軸索投射に異常があることがわかりました(Senzaki et al., 2010)。従って、Runx3は三叉神経節ではDRGと異なる働きをすることが明らかになりました。

(3) Runx1の神経発生における機能解析
 Runx1とRunx3はDRGで相補的な発現パターンを示します。すなわち、Runx3が固有感覚性ニューロンに発現するのに対し、Runx1は痛みの受容、伝達を担う侵害受容性ニューロンに発現しま。そこで、Runx1遺伝子欠損マウス (Runx1-/-) マウスを用いてDRGニューロンの発生を解析し、侵害受容性DRGニューロンの細胞分化と軸索投射に異常があることを明らかにしました(Yoshikawa et al., 2007、図3)。また、Runx3と異なり、Runx1は脳にも発現するため、現在その発現と機能を解析しています。

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ストレスは神経精神機能にさまざまな影響を及ぼし、重力ストレスが種々の行動に影響を及ぼすことがヒトや実験動物で報告されている。重力ストレスが行動に及ぼす影響の脳内機構を解明する一環として、過重力環境の地上実験と微小重力環境の宇宙実験によって重力ストレスがマウス脳における遺伝子発現に及ぼす影響について解析する。

 

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