「G蛋白質シグナル」平成18年度公開シンポジウム感想記
東京薬科大学生命科学部
柳 茂

平成19年1月27日、東京大学において文部科学省特定領域「G蛋白質シグナル」の平成18年度公開シンポジウムが開催されました。今回、私は公募班員としてこのシンポジウムに参加させていただきました。私は現所属である東京薬科大学生命科学部に移る前は、神戸大学医学部において山村博平先生のもとで細胞内シグナル伝達の研究をしておりました。山村先生は留学中にRodbell先生に師事して、Giの発見となる現象を見いだした人であり、何度もG蛋白質の発見の経緯についてのエピソードを語って下さいました。また、同門である高井義美先生や貝渕弘三先生も低分子量G蛋白質の研究を精力的に展開されており、私にとって大変なじみのある分野ではありましたが、同時に競争の厳しい分野なので出来れば避けたいと考えていましたが、よもや自分が参入してしまうとは夢にも思いませんでした。堅田領域代表の開会の挨拶中にもありましたが、G蛋白質に関連した研究ですでに幾つかのノーベル賞が出ており、一見、研究の山場は超えたような感はありますが、まだまだ不明な点が多いだけでなく、新しい機能も続々と報告されているのが現状です。シンポジウムでのファーストスピーカーである紺谷先生の発表内容はまさにアティピカルG蛋白質の新しい機能を示したものでした。Di-RasがプロテアーゼPC2を活性化して最終的にアセチルコリンの分泌を制御するメカニズムについて線虫を用いた実験系で見事に証明されていました。このようにG蛋白質の分野は古くて新しい分野であり、これからの進展が大いに期待できると思います。また望月先生のRap1による細胞間接着制御のご発表の中ではイメージング技術を用いたRap1の細胞内動態が視覚的に映し出され、生化学的な実験結果からでは掴めない動的なイメージがより鮮明になりました。この分野のさらなる発展性が宮脇先生の講演で確信することが出来ました。楓やドロンパ、桂馬などのネーミングもセンスに溢れており、個人的には最も感動的な内容でした。最後に、成宮先生のご発表はRhoシグナル伝達機構に関しての一貫した継続的なご研究であり、とても迫力がありました。あのような研究者になりたいと切に思いました。最近は私大運営の厳しさに直面して訳のわからない雑用に埋もれてしまい、研究に対する集中力に欠けていた私にとって、このシンポジウムはとても刺激的でした。私大を取り巻く厳しい環境の中でも、決してくじけず若手研究者として研究に情熱と夢を持って、新しい分野をブレークスルーしたいと思います。
最後に班の運営にご尽力をいただいている総括班の先生方に心から感謝したいと思います。



「G蛋白質シグナル」平成18年度公開シンポジウム
神戸大学大学院医学系研究科分子細胞生物学講座分子生物学分野 

島 扶美

 平成19年1月27日の午後、東京大学大学院薬学系研究科・薬学部、総合研究棟2F講堂において、「G蛋白質シグナル」平成18年度公開シンポジウムが開催されました。開会の挨拶では、領域代表者の堅田先生から平成19年度の年次予定についての報告がありました。平成19年7月26~28日、本郷において全体班会議が行われ、その最終日の28日に海外から4名の研究者を招き、国際ミニシンポジウムを行う予定であること、平成20年の1月から3月の間に次回の公開シンポジウムを開催予定であることなどが主な内容でした。
 ご準備頂いたプログラムでは、疾患の発症メカニズムを含め、G蛋白質の介する生命現象の根幹に関わる最新の知見が、三量体G蛋白質のみならず低分子量G蛋白質に至るまで広く、なおかつコンパクトに取りまとめられていました。当研究室から参加させて頂いた学生を含む5名の研究者達はいずれも、短時間で非常に効率よく知識をまとめることができた、という感想を持ったようです。
 自身の研究テーマが、低分子量G蛋白質の高次構造の揺らぎとシグナル制御との関連の解析、という非常に漠然としたものであるせいか、関心は専ら、種々のG蛋白質の関与する非常に複雑なシグナルネットワークそのものよりはむしろ、Gサイクル自体の普遍性や多様性、さらにはそう言ったものの存在意義、と言うふうに、かなり根源的なものに偏ってしまう傾向がありました(正直なところこれは、最近のシグナル研究の急速な進展に伴って複雑になりすぎたシグナルネットワークの理解自体からの逃避願望のようなものだったのかもしれません)。個人的な興味に偏りつつも、基本講演の中で紺谷先生にご紹介頂いた、Di-Ras, Gie/Arl8など常時活性型の低分子量G蛋白質によるシグナル制御の研究成果は非常に興味深く拝聴させて頂きました。これらが、神経ペプチドの分泌制御、細胞質分裂、細胞間接着、リソソーム系の物質輸送といった多彩な機能を持つことが面白いことは勿論ですが、これらの分子を含め、常時活性型の分子によるシグナル制御機構の存在意義自体についてはまだ不明な点が多いということは意外な発見でした。細胞内で常時活性型の傾向が強いRap1による細胞間接着制御に関する知見(望月先生)も同様に興味深いものでした。Rap1が、血管内皮細胞に特異的に発現するVEカドヘリンのホモフィリックな結合を介してAJ結合を制御していること、しかもEpac, PDZ-GEF (RA-GEF1), C3Gといった3種類のGEFによってRap1の活性制御の微妙な使い分けがあることなど。伊東先生による3量体G蛋白質制御分子の新展開では、土壌中から単離された化合物(YM-254890)が、Ric-8AによるGαqのGDP結合構造を安定化しGDPの解離を阻害するGDIのような機能を発揮するのみならず、GTPの解離も促進する、いわゆるGDP/GTP交換反応全般を阻害する活性を持つ(複数の作用点を持つ)こと、しかもその作用が一部のサブファミリーに限局する特異的なものであること、などをご紹介頂きました。非常に興味深い知見であることは勿論ですが、今後NMRやX線結晶構造解析またMD, QM計算などの手法による化合物の作用メカニズムの解明によって、薬剤開発の新展開が大いに期待されます。
 特別講演では、宮脇先生から蛍光色素を用いた細胞情報ネットワークの時空パターン解析の最新の知見をご紹介頂いた後、成宮先生には、Rhoシグナル伝達経路の時間的空間的制御機構の本質を、2つの中心的エフェクター、ROCK (I, II)とmDiaの機能バランスを通してご教授頂きました。中でも、大学院時代まだ研究者としての道を選択しきれず、悩み多き内科の臨床医として国際学会(AHA)に参加している最中に機内で読んだ、ROCK特異的阻害剤(Y-27632)発見のお話はとても懐かしく拝聴させて頂きました。臨床医としてもまだ駆け出しだった自分が、当時記事を読んで興奮した記憶が鮮明に蘇り、非常に感慨深いものとなりました。
 昨年9月の北海道での班会議に引き続き、今回この公開シンポジウムに参加させて頂いて、G蛋白質の関与するシグナルの統合的理解の重要性を再認識をするとともに、自らの研究の発展型であるin silico創薬への意欲をなお一層強くすることになりました。今後少しでも本研究領域の発展に貢献できるよう、自身の研究テーマを通して努力していきたいと思います。最後に、今回の公開シンポジウムの準備および運営をして頂きました堅田先生と計画班員の諸先生方にお礼を申し上げます。