平成19年度特定領域研究「G蛋白質シグナル」研究 公開シンポジウム 感想記
国立感染症研究所・細胞化学部
前濱朝彦

 平成20年2月2日、京都大学芝欄会館にて「G蛋白質シグナル」公開シンポジウムが開催されました。今回は本特定領域研究の折り返し地点にあたる時期であり、我々公募班員にとっては2年間の研究期間の最終年度末にあたる時期でもあります。思えば本特定領域研究の公募研究が始まった2年前は私自身にとっても研究グループを新たに立ち上げた時期であり、本特定領域研究に参加させていただいたことは大きな励み(支え)になりました。そのような意味でもこの時期に開催された本シンポジウムに出席したことは私自身にとって非常に感慨深く、また同時に2年間の自身の研究を顧みて改めて大いに反省した次第です。
 今回のシンポジウムでは本特定領域研究の課題の一つである多様な生物種におけるGサイクル制御に焦点をあてて、班員の先生方からはイネ、線虫、ショウジョウバエ、マウスなどにおけるGサイクル制御の生理的意義に関する研究成果発表がありました。また招待講演として、奈良先端大の小笠原直毅先生から原核生物、特に枯草菌のG蛋白質がリボソーム生合成においてシャペロン様の働きをしているとのご発表があり、生命体におけるGサイクル制御の普遍性に改めて感心してしまいました。そして本シンポジウムを締めくくってくださったのは、神戸大の高井義美先生と竹縄忠臣先生による講演でした。高井先生は低分子量G蛋白質研究を始めたきっかけからRap1/Smg21の研究、そしてネクチンを中心とした細胞接着の分子機構へと発展していく一連の研究を、内外の歴史を交えながら非常にわかりやすく説明してくださいました。また竹縄先生はGrb2/Ashの発見から細胞骨格動態におけるWASPやWAVEの機能を解明した経緯、さらに一連の脂質結合性ドメインによる生体膜の構造決定機構を解き明かした過程を、これもまた様々な挿話を交えながらわかりやすく説明してくださいました。いずれの講演でも当該研究分野黎明期における両先生の気概そして第一人者としての迫力を感じ、大きな感銘を受けました。さらに、両先生とも今回講演された内容はこれまでの研究成果の全てではなく、ライフワークの一部にしか過ぎないところには驚くばかりです。私自身これまで「低分子量G蛋白質→イノシトールリン脂質シグナル→低分子量G蛋白質」と研究対象が移行してきた中で、両先生の研究成果の素晴らしさは充分理解していたつもりでしたが、今回の講演をお聞きして両先生の研究の質・オリジナリティーの高さは研究に対する情熱によって支えられていることを改めて認識しました。
 私自身、情熱だけは持っているつもりですが(時として折れそうになることもありますが)、どのように研究の進展に結びつけていくかはまだまだ試行錯誤の毎日です。素朴な疑問を大切にしてそこから大きなチャレンジをしていきたい、そして「G蛋白質シグナル」研究の発展に少しでも貢献できたら、と改めて心に誓った1日でした。最後になりましたが、シンポジウムや班会議等を通じて我々班員に様々な機会を与えてくださり、また班の運営にご尽力をいただいている総括班の先生方に心から感謝したいと思います。



横浜市立大学大学院医学研究科 循環制御医学
佐藤 元彦

  平成19年度「G蛋白質シグナル」研究公開シンポジウムは平成20年2月2日京都大学芝欄会館で開催された。私にとって、平成19年に開催された2回に続く3回目の参加であった。
  第一部では「異なる生物種に存在するGサイクルの統合的理解に向けて」と題し哺乳類以外をモデルでのG蛋白機能に関し4題の講演がなされた。川崎努先生はイネの低分子量G蛋白OsRac1の活性調節がNADPHオキシダーゼを介し活性酸素生成を制御していることを示された。安藤恵子先生は線虫mutant bankを用いて包括的なRABの機能解析結果を報告された。布施直之先生はショウジョウバエの原腸陥入をモデルにG蛋白質が形態形成に関与することを印象深い動画とともに示された。招待講演では小笠原直毅先生が枯草菌のG蛋白質がリボゾームサブユニットと結合し、その形成に必須であることを講演された。
  哺乳類の新規蛋白の機能を研究の進んだ下位生物モデルの知見から推測することがある。他生物種でのG蛋白研究がどのようになされているのか講演頂いたのは大変参考になり興味深いものであった。
  第二部は低分子量G蛋白を中心とした3題の講演が行われた。加藤裕教先生は左右協調性運動に特徴のあるマウスの解析からRacGAPであるα-chimerinが神経路形成に関与し、特にEphrinの下流で作用することを示された。興味深いマウスの動きとともに、明快なphenotypeの重要性を改めて認識させられた。続く高井先生、竹縄先生の講演は研究の歴史をふまえcomprehensiveなstoryを圧倒的なデータとともに示された。高井義美先生はcell movementの分子生物学的なメカニズムをRac、Rap1、Rhoのactivation-deactivation cycleと他の蛋白質の動員を詳細にわたって解説された。竹縄忠臣先生は細胞膜の変形、究極的には細胞および小器官の形態がどのように形成されるか、その詳細な分子メカニズムを解き明かしていった過程を解説された。
  三量体G蛋白、特にG蛋白活性調節因子がテーマである私には低分子量G蛋白は少し離れた分野であるが詳細にわたる検討に興奮を覚えながら拝聴した。私の属していた研究グループはWAVE1にGαi/oを結合するG protein regulatory motif (GPR)を見出したが、small G蛋白のみならず三量体G蛋白サブユニットも講演にあるような細胞のダイナミックな動きに関与する可能性が指摘されており、大変興味深い講演であった。
  様々なデータの蓄積と共に研究成果にはphysiological relevanceが求められるようになってきている。講演にあった下位モデル生物のoutputは哺乳類細胞で苦闘する者にはうらやましく思えるほど明快であった。physiological outputを含む情報分子の総合的な理解には本シンポジウムのような生物種・領域横断的な交流は非常に良い機会となると感じられた。
  私は平成18年春まで、昨年の国際ミニシンポジウムで講演されたLanier教授のdepartmentで研究を行っていた。振り返ると米国にはGordon research conferenceを始め、G蛋白シグナルの著名研究者と学生が一同に会し濃密に発表・討議を行う場が複数あり、情報交換、人的交流の上で非常に大きな役割を果たしていたように思われる。
  今回のシンポジウムの冒頭、堅田利明先生から本特定領域研究プログラムの継続承認とその後の終了予定について報告があった。帰国して2年になるが、本シンポジウムのように領域横断的にG蛋白に焦点を当て、一線の研究者、多くの学生が定期的に会する機会は他に無いように思われる。このような会は学生、若手のみならず、多くの研究者にとっても示唆を得る貴重な場である。本プログラムが研究領域に築かれた成果を残し、G蛋白研究の発展、競争力向上のためにも発展的な新プログラム、研究会が将来にわたって開かれることを切に希望するものである。