領域代表の挨拶
G蛋白質シグナルの統合的理解と“シグナリング・マップ”の構築に向けて

 今年2005年から、特定領域研究「G蛋白質シグナル」が発足しました。“G蛋白質”は、細胞内の様々なシグナル伝達経路において、シグナルのオン・オフを司る“分子スイッチ”としての役割を果たす蛋白質群の総称で、現在は、多くのファミリーからなることが知られています。GTPまたはGDP結合型となり、この2つの異なるコンホメーションの間を転換して作用することから、この名称があります。
 
“G蛋白質”の存在を最初に提唱したロッドベル(米)とその実体の一つであるGsを分離・同定したギルマン(米)は、1994年にノーベル医学生理学賞を受賞しましたが、彼らの研究は、実はcAMP産生系の解明に限られたものです。
彼らと同時期に、我が国でもG蛋白質に関わる研究が精力的に進められてきました。翻訳系に介在するG蛋白質因子群、百日咳毒素の標的としてのG蛋白質Giファミリー、Rhoを含む種々の低分子量G蛋白質群、そして、各種の脂質メディエーターに対するG蛋白質共役型受容体など、多くの日本人による研究業績があげられます。こうした研究の展開から、1993〜1995年には宇井理生博士を代表とする重点領域研究「情報転換因子としてのG蛋白質」が組織され、シグナル伝達系においてG蛋白質が果たす基本的な役割の理解が大きく進みました。
 この研究班が終了して、今年で10年の節目になりますが、この間も引き続き日本の研究者によって、G蛋白質の新しい活性化機構やそれらの役割、さらに新奇なG蛋白質ファミリーや制御因子群が次々と発見され、G蛋白質をめぐる新しい知見は今なお集積しています。また昨年は、嗅覚受容体と匂い情報の処理機構に関わる研究で、米国のアクセルとバックにノーベル医学生理学賞が与えられ、G蛋白質が介在するシグナル伝達系の重要性があらためて示されました。
 本特定領域「G蛋白質シグナル」は、このような背景から生まれたものですが、この研究班では、これまでの研究で確立されたG蛋白質の基本原理「活性化と不活性化のコンホメーション転換」をさらに発展させ、「細胞情報ネットワークを統合するG蛋白質シグナル」に向けた研究を進めていきたく考えております。このために、諸種のファミリー間で共通あるいは相違する制御のしくみを新しく概念化し、細胞機能の発現に向けてGサイクルが特異性と多様性をもたらすメカニズムの解明を目指します。さらに、これらの研究を通して、個々の細胞機能の発揮へと導くG蛋白質の介在する“シグナリング・マップ”の構築と整備も進めます。
 G蛋白質は生物界に広く存在し、ほとんど全ての細胞機能の発揮において中心的な役割を果たす重要なマシナリーの一つであり、生命現象の根源を支えていると言えます。がん遺伝子Rasや三量体G蛋白質(αサブユニット)のように、G蛋白質とその制御因子群の遺伝子変異に起因した疾病も多く見出されており、G蛋白質シグナルの研究は、疾病の発症メカニズムの理解と創薬研究にも大きく貢献することが期待されます。
 この研究班が実に刺激的で面白い研究組織として評価されるよう、また多くの重要な新事実を明らかにして「G蛋白質シグナル」の統合的な理解が深まるよう、この特定領域を運営していきたいと考えています。多くの研究者のご協力を宜しくお願い申し上げます。

領域代表者:堅田利明(東京大学・大学院薬学系研究科・教授)