連載「ひと目でわかる分子免疫学」第2

 

アレルギーから学ぶ免疫学の基本原理

 

筑波大学大学院人間総合科学研究科、基礎医学系・免疫学

渋谷 彰

 

突然の襲撃者

 一昨年の米国での学会からの帰途、某航空会社の飛行機に乗り込みやれやれと座席に座ってしばしたった頃、それは突然襲ってきた。鼻がむずがゆくなったと思ったとたん、ハックションときて鼻水が流れ出し、それからというものはくしゃみと鼻水が止まらず大騒ぎ。テイッシュが山となっても足りず、とうとうトイレに駆け込んでトイレットペーパーまで拝借してしまうという有様で、恥ずかしいことこのうえない。このようなことはこの年になって初めての経験であった。それからというもの、特に同じ某航空会社の国際線の飛行機に乗るたびに同じような有様である。どうも機内の空調の中に私だけに(ほとんどの人は平気である)悪さをする“抗原”がいて、まさか意図的ではあるまいがばらまかれているのではないかと疑っているが定かではない。ところが最近、程度は軽いものの、仕事場のオフィスや自宅でも時々同じようなことがおきるようになってきた。機内と同じ抗原なのか新しい別の抗原に“感作”されたのか、明らかでない。いずれにせよ犯人はハウスダストに含まれる何者かで、症状は典型的なアレルギー性鼻炎なのであろう。最近は市販の“抗アレルギー剤”の厄介になるはめになっている。

 アレルギー性鼻炎の中でも最も患者が多いのは花粉症である。特にスギなどの花粉が飛び散る春先は花粉症の人にはつらい季節である。多い地域では4人に一人の割合でスギ花粉症にかかっており、今やいわば国民病だという。スギ花粉症も含めて何らかの抗原に対するアレルギー性鼻炎の症状をもっている人の割合(有症率)は長野県が最高で39.1% 、最低が沖縄県で17.9% だという (1998年のアレルギー性鼻炎の全国疫学調査より)。医療費を一つとってみても重大な経済問題である。ちなみに私が服用する某製薬メーカーのXXXX鼻炎錠Sは大体5日分で980円である。仮に国民の20%に相当する2,400万人が1週間で1,000円支出したとすると、240億円の計算になる。どうです、大変でしょう。

 

アレルギーは有害な免疫反応

 アレルギーという言葉はもともと有益であるはずの生体防御としての免疫反応が反対に有害な反応にかわったという意味のギリシャ語に由来するという。アレルギーは免疫反応の結果、組織傷害を引き起こしたものと定義でき、過敏性反応(hypersensitivity)とも呼ばれる。これらには表1に示すようにI型からIV型までの4種類のタイプがあり、それぞれ組織傷害が起きるメカニズムも異なっている。それを大別すると抗体が主役 となって組織傷害をおこすもの(I-III型)と、T細胞が主役をなして組織傷害をおこすもの(IV型)に分けられる。アレルギー性鼻炎はこのうちI型に分類され、花粉などの抗原が侵入したら即座に症状が現れることから即時型アレルギーと呼ばれる。これにはアレルギー性鼻炎のほか、食物アレルギーや気管支ぜんそく、全身性アナフィラキシーなど、場合によっては命に危険が及ぶものまである。一般にはアレルギーといえば抗原にすぐ反応して症状を示す即時型のものをさすことが多い。即時型アレルギーは抗原に対するIgE抗体が肥満細胞に結合して肥満細胞からの脱顆粒を誘発するためであるという事実はよく知られている。したがって即時型アレルギー発症の主役はIgE抗体と肥満細胞である。即時型アレルギー発症のメカニズムは完全ではないにしろ、その大枠はかなりわかってきた。その研究の歴史はIgE抗体の実体を解明した石坂公成、輝子先生ご夫妻の輝かしい業績を抜きにしては語れない。我々の歩いて来た道(石坂公成著黙出版刊)」は臨場感あふれる IgE発見の経緯のみならず、石坂先生ご夫妻の研究者としての生き様を余すところなく伝えて我々に感動を与えてくれる。是非一読を勧めたい。

IgE抗体産生の仕組み

 抗体にはIgG, IgA, IgM, IgD, IgE の5つのアイソタイプがあり、抗原の感作を受けたB細胞は IgM抗体からその他のアイソタイプの抗体を分泌するようにクラススイッチすることは前号で述べた。このクラススイッチは抗体遺伝子の再構成によって行われるが、どのアイソタイプの抗体を産生できるようにクラススイッチするかは偶然に決まるわけではない。実はそれはB細胞自身が独力で決めて行っているわけではなく、T細胞からの手助けによって規定されているのである。これらのT 細胞は種々のサイトカインを分泌し、これらを介して他の免疫細胞への手助けを行うことからヘルパーTTh)細胞と呼んでいる。ヘルパーT 細胞は、多種多様な免疫細胞が複雑なネットワークを形成し、一つの免疫反応を引き起こす免疫システムの中枢をになう司令塔である。ヘルパーT細胞は産生するサイトカインの種類によってTh1とTh2の2つのサブセットに分類される。Th1Th2は抗原提示細胞からの抗原刺激に加え、それぞれインターロイキン(IL-12IL-4の刺激を受けて抗原の感作をうけていないナイーブヘルパーT細胞から分化する(図1)。Th1は主にインターフェロンガンマ (IFNg) やリンフォトキシン (LT) などを産生し遅延型過敏症などの細胞性免疫に、Th2は主にIL-4 IL-5などを産生し、アレルギーなどの液性免疫に関与することが知られてきた。抗体のクラススイッチには、B細胞に発現するCD40分子とヘルパーT細胞に発現するCD40リガンドとの結合を介してB細胞とヘルパーT細胞とが接着し、CD40分子からB細胞に伝わるシグナルが必須であること、さらにヘルパーT細胞からのどのようなサイトカインが分泌されるかがどのアイソタイプの抗体にクラススイッチするかに重要な因子であることなどがわかってきた。即時型アレルギー発症の主役をなすIgEへのクラススイッチにはB細胞がTh2からIL-4の刺激を受けることが必要であることがわかっている(図2)。

 

肥満細胞が肥満である訳

 即時型アレルギーのもう一つの主役である肥満細胞は、ヒトでは皮膚や腸管粘膜下などの結合組織に存在するもの (connective tissue mast cell) と、気管や腸管の粘膜に存在するもの (mucosal mast cell) との二つに大別される。通常血液中には存在しない。トルイジンブルーで染色すると細胞質に濃紺に染まる大粒の顆粒が特徴的で、容易に他の細胞と区別ができる。顆粒中にはヒスタミンやヘパリン、コンドロイチン硫酸、種々のプロテアーゼや炎症性サイトカインなどが充満し、顆粒が放出されることによって組織傷害が生じうる(図3)。肥満細胞が肥満しているのはこのような化学伝達物質を充満させた顆粒をいっぱい持っているためである。肥満細胞からの顆粒の放出には、IgEと抗原との免疫複合体が肥満細胞に発現するIgEFc部分に対する受容体であるFce レセプターを架橋し、そこから肥満細胞に活性化シグナルが伝わることが契機となる。Fce レセプターはa, b, gの3つのサブユニット鎖からなり、IgEとの結合はa鎖によって行われるが、その親和性はきわめて高く、実際は抗原との結合のないフリーのIgEでも充分Fce レセプターと結合できる。したがって皮膚や腸管粘膜下などの結合組織や気管や腸管の粘膜に血液からのIgE抗体が到達すれば、それらの組織に存在する肥満細胞のFce レセプターにIgEは結合できる。ただしIgEが結合しただけではFce レセプターから活性化シグナルは伝わらず、Fce レセプターに結合したIgEが、自身が認識する特異抗原を待ち受け抗原を結合させ、その結果Fce レセプターが架橋されることによって初めてシグナルが伝わる (図4)。シグナル伝達は  Fce レセプターのb鎖と g鎖を介して行われるが、その結果としての顆粒放出のメカニズムは実はまだよくわかっていない。アレルギー制圧の分子標的を定めるためには明らかにするべき重要な課題であろう。

 

即時型アレルギー発症メカニズムの実際(図5)

 これまで述べたことを、スギ花粉症を例にとってまとめてみよう。スギ花粉を吸入し初めて体内に吸収すると、スギ花粉を認識するB細胞レセプターをもつB細胞クローンが選択され、スギ花粉抗原に対するIgM抗体が産生される。一方、同様にスギ花粉抗原を認識するT細胞レセプタ−をもつナイーブヘルパーT細胞クローンも選択を受け、抗原提示細胞からスギ花粉抗原の提示とIL-4の刺激を受けTh2に分化する。クローン選択を受けたB細胞は同様に選択され分化したTh2と結合し、Th2からのCD40リガンド分子とIL-4 の刺激をうけ、IgEへのクラススイッチが誘導される。このようにして産生された花粉抗原に対するIgE抗体は鼻腔粘膜や結膜に存在する肥満細胞の 高親和性の Fce レセプターに結合し、抗原がくるのを待ち受けスタンバイすることになる。花粉がこれらの粘膜に再度侵入すると、肥満細胞のFce レセプターに結合したIgEは花粉抗原をとらえ結合させる。その結果Fce レセプターが架橋され肥満細胞に活性化シグナルが伝わることによって顆粒が放出され、種々の化学伝達物質によって血管透過性が亢進したり粘膜組織に傷害が生じ、鼻水、鼻づまり、結膜充血などの症状が出現する。これらの一連の反応は花粉が再度侵入してから数分以内におきてしまう。花粉症に限らず、その他の即時型アレルギーも基本的には同様なメカニズムにより引き起こされる。

 

アレルギー体質って?

 それでは同じスギ花粉を吸っても花粉症になる人とならない人がいるのはなぜだろうか。最も基本的な違いはスギ花粉に対するIgE 抗体が産生されるか否か、あるいはその量が多いか少ないかということである。実際、アレルギーの人の血清中IgE の量はそうでない人と比べて圧倒的に高い。IgE 抗体産生のためには、ナイーブヘルパーT細胞クローンが抗原提示細胞から抗原刺激を受けTh2に分化してIL-4を分泌することが重要であるから、この一連の反応が起きやすい人とおきにくい人がアレルギーのなりやすさの少なくとも一因になっていると考えられる。これには遺伝的背景の関与も指摘されている。実際、家系調査によればアレルギー素因をもっている人の家族内への集積の例が見られる。連鎖解析によって、アレルギー素因として最も疑われる遺伝子は染色体5番長腕にあるIL-3, IL-4, IL-5, IL-13などTh2サイトカイン遺伝子クラスターやIL-4レセプター遺伝子座かあるいはその近傍にあることが疑われており、IgE産生制御との関連から大変興味が持たれている。その他にも幾つかの遺伝子がアレルギー素因を決定する候補として疑われているが、しかし現在のところ決定的なものはまだ同定されていない。幾つかの遺伝子による複合的な要因がアレルギー体質の程度を決定しているものと考えられている。

 

IgEと肥満細胞は悪玉か

 以上述べてきたように、IgE と肥満細胞は即時型アレルギーの主役であり、悪の根源であるように見える。しかしそもそも悪いことばかりするものを生命体が用意しておくのだろうか。アレルギーは本来有益であるはずの生体防御としての免疫反応が反対に有害な反応にかわったという意味のギリシャ語から由来することを先に述べた。IgEと肥満細胞も本来何らかの有益な役割を担っていたはずである。最後にIgEと肥満細胞の汚名を多少なりともはらしておきたい。IgEは感染した寄生虫に対する抗体としても産生され、消化管粘膜の肥満細胞を刺激し下痢をおこすことにより寄生虫を排除するように働くことが知られている。また寄生虫感染の多い東南アジア地域でアレルギーが少ない理由は、血清中の寄生虫に対するIgE抗体の濃度が高く、肥満細胞のFce レセプターを覆い尽くしてしまい、アレルギー抗原に対するIgE 抗体が結合できないからであるという説もあるぐらいである。また肥満細胞は脱顆粒により化学伝達物質を放出して組織傷害をおこすばかりでなく、種々のサイトカイン等を分泌することにより免疫反応の調節作用も担っていることが注目され始め、肥満細胞の新たな役割の解明が進みつつある。さて、次回は自己の組織から発生する癌を取り上げ、これに免疫がどのように認識し、反応しているのかを考えてみたい。