ひと目でわかる分子免疫学

 

連載第7

「免疫不全症から学ぶ免疫学の基本原理」

 

 

渋谷 彰

SHIBUYA Akira

筑波大学大学院人間総合科学研究科、基礎医学系免疫学

 

Key Words

 

Experiments of Nature

X連鎖性Bruton型無ガンマグロブリン血症

X連鎖性高IgM症候群

DiGeorge症候群

X連鎖性重症複合型免疫不全症

ADA欠損症

 

Points

X連鎖性Bruton型無ガンマグロブリン血症はBtkの異常である。

X連鎖性高IgM症候群はCD40リガンドの異常である。

DiGeorge症候群は胸腺の形成不全によるT細胞の分化異常である。

重症複合型免疫不全症は共通γ鎖の異常やADAの欠損による細胞性免疫、液性免疫の両方の異常である。

 

 

 

 

 

 

 


ビッグサイエンス?

 筆者が米国のDNAX研究所にいた1990年代の前半から中頃、隣のスタンフォード大学ではGoodnow教授がハワードヒュージュ医学研究所から巨額の研究費を受け、華々しい活躍をみせていた。彼はB細胞が自己に反応する抗体を作らない(自己寛容)のはなぜかという疑問を解決するために、ノックアウトマウスやトランスジェニックマウスなどの遺伝子改変マウスの技術をいち早く免疫学研究に取り入れ、CellだのNatureだのに論文を次から次へと発表していた。言うまでもなく、ノックアウトマウスはある特定の遺伝子を欠損させ、それによって生じる生体反応の異常からその遺伝子の機能を解析する方法であり、免疫学研究以外にも多くの生命科学の研究に必須の技術として利用されている。ところが、人もうらやむサクセス街道をばく進していたGoodnow教授が突然、ハワードヒュージュ医学研究所からの研究費も捨て、オーストラリア国立大学に移ることになったと聞いて驚いた。よりよい研究環境を求めるのは研究者の常であるが、私には当時の彼の研究環境よりオーストラリアの方がよいとは思えなかったからである。そこで家族ぐるみでおつきあい頂いていた彼になぜオーストラリアにいくのかと尋ねたところ、一言 “ my next challenge”と言って、ニヤッと笑ったのであった。その後オーストラリアで彼が始めたことは、当時の私には想像もつかなかったビッグサイエンスであった。それはマウスにある薬剤 (ENU) を用いて染色体遺伝子にランダムに変異を導入し、様々な症状を呈したマウスからそれぞれ変異遺伝子を同定し、その遺伝子機能を明らかにするというものであった。このように特定の表現型を示すマウスからその責任遺伝子を同定しその機能を解析するアプローチは、特定の遺伝子を欠損させてどのような表現型になるかを調べその機能を解析するノックアウトマウスとは逆であり、リバースジェネテイックスと呼ばれるようになった。このような研究は、膨大な予算と人員とマウスの施設が必要であり、まさにオーストラリアの国家プロジェクトとして開始されたのであった。彼は従来の個人の研究室単位のサイエンスに飽き足らず、ビッグサイエンスを目指したのであった。ちなみに本邦でも理化学研究所つくば研究所で同様の研究が始まっている。昨年まで筆者の研究室は同研究所内にもあり、マウス棟の建設工事の音を毎日聞きながら、研究における時代の流れを感じていたのであった。

 

Expeiments of Nature

  ところで、ヒトの祖先が地球上に姿を現わしたといわれる約700万年位前から、ヒトは滅びることもなしに、脈々と生き延びてきた。ヒトに限らず、この世に生を受けたどのような生命体にとっても最も基本的かつ重要な使命は、自らの命を次代につなぎ、種を保存することであろう。ダーウインの進化論を引くまでもなく、種の保存にとって最も問題となる事は環境に適応できるか否かという事である。環境とは、個体にとって「自己」以外のすべてのもの(「非自己」)を意味し、極めて免疫学的な用語とも言える。生存を脅かす環境要因(広義にはこれを病原体と呼ぶ)に対する生体防御機構こそが免疫システムの第一義的な役割である。おそらく環境に適応できず、種として絶滅した生物種の数は限りなかったことであろう。ヒトが今日まで淘汰の中で生存を勝ち得てきたことは、高度に発達した免疫システムを構築してきたからに他ならない。

 一方、種として生き残ってきた生物の中にさえも、個体レベルでみればある種の病原体に抵抗性がなく、生存できなかった個体も、もちろん数えきれないぐらいいたはずである。ヒトでも同様である。たとえば、生まれながらにして重篤な感染症を引き起こす小児疾患などはその典型的な例であろう。これらの患者は免疫システムに重要な遺伝子の異常による免疫不全症である可能性が高い。免疫学を学ぶ我々にとってこのような個々の症例こそが貴重である。なぜならば、膨大な予算と人員とマウスの施設がなくとも、リバースジェネテイックス研究が可能だからである。これはいわば自然による実験であり、“Experiments of Natureとよく言われる。しかもこのような研究は、免疫システムの仕組みや遺伝子の機能を明らかにするだけでなく、実際にある病気の原因解明や治療に直接つながりうることからも、より意義のある研究であろう。実際、このような先天性の免疫不全症の研究から、多くの免疫学の重要な基本原理が明らかにされ、新たな治療法が開発されてきた。

 

Lesson from Nature #1- 抗体がなくなったら?

 ヒトが抗体を作り出すことができるのは、生後半年ほどしてからである。その割には生まれたばかりの赤ん坊が意外と丈夫なのは、胎盤に発現するIgGに対するFcレセプター(FcRn)を介して胎内で受け渡された母親由来のIgG抗体が残っているからである。しかし、ちょうど生後半年ぐらいするとこのIgG抗体もなくなり、様々な感染症に罹りやすく一時的に生理的な免疫不全ともいえる状態になる。医療や栄養状態が乏しい発展途上国では乳児死亡率がまだ高いが、その大多数はこの時期に起きている。

 通常はこの時期を越えると自らのB細胞により抗体が産生され始め、免疫不全状態から脱却する。ところが、今から約50年余り前、小児科医であったBruonOgdon Bruton)は生後6ヶ月を過ぎても、肺炎、中耳炎、髄膜炎、敗血症などの細菌感染症を繰り返す男児の症例に出会った。そしてこの男児の血清中の抗体量が著しく減少していることを発見し、1952年にこれが免疫不全症であることを報告した。これが世界で最初の先天性免疫不全症の症例報告であった。その後、この免疫不全症では末梢血やリンパ組織で成熟B細胞が少なく、抗体産生細胞も著しく減少していることがわかった。しかしT細胞の数や機能には異常は全く認められなかった。

 さて、それではこの免疫不全症の原因は何であったのだろうか。Brutonによる症例報告からおよそ40年を経て、B細胞ではプレB細胞受容体から核内にシグナルを伝えるチロシンキナーゼが発見され、この患者ではこのチロシンキナーゼに変異があることがわかり(図1)Btk (Bruton’s tyrosine kinase)と名づけられた。Btkの異常があるとB細胞ではプレB細胞の段階で成熟が止まり、抗体の産生ができなくなってしまう。Btkの遺伝子はX染色体上に存在することから、この免疫不全症はX連鎖性Bruton型無ガンマグロブリン血症と呼ばれており、男児に発症するが、X染色体を2本持つ女児ではどちらかの染色体に変異遺伝子を持っていても基本的には発症しない。本邦ではこれまで134例の報告があり、うち133例までが男児であり、例外的に1例のみが女児である。この場合は正常な染色体アリルが不活化されたものと考えられる。この疾患からB細胞に発現する特定の酵素がB細胞の成熟に重要な役割を担っていること、抗体がないとT細胞があっても細菌感染に役立たないこと、逆に抗体がなくともT細胞があればウイルス感染には大きな支障がないことなどが、(マウスではなく)ヒトの生体で示されたのであった。“Experiments of Nature”の一つの成果である。ちなみに、BtkのノックアウトマウスやBtkに変異をもつCBA/Nマウスでは、ヒトの症例より圧倒的に症状が軽いという。ヒトとマウスに何らかの違いがあるのか、この疾患ではBtk以外にも何らかの異常が潜んでいるのか、興味深い。

 さて、他の無ガンマグロブリン血症と同様に細菌感染に罹りやすい免疫不全症にIgM症候群がある。この疾患ではIgMは高いがIgGIgAなどがないことから、抗体のクラススイッチに異常があることが予想されていた。特徴的なことは、細胞内寄生体であるカリーニ原虫に対する抵抗性が著しく低いことである。基本的にカリーニ原虫に対してはキラーT細胞やマクロファージなどの細胞性免疫が主役を担うはずだから、クラススイッチの障害による液性免疫のみではなく、何らかの細胞性免疫の異常も合併している可能性があったが、なかなか病因は明らかにされなかった。その謎が解明されたのは1993年だった。クラススイッチと細胞性免疫の両者の異常を説明するものとして、3つのグループがT細胞に発現するCD40リガンドに着目し、この疾患ではこの分子の変異があることを見いだし、ほぼ同時にCell, Nature, Science にそれぞれ報告した(図1)。本連載第2回で既に述べたように、B細胞でのクラススイッチはリンパ組織の胚中心で行われ、B細胞に発現するCD40とヘルパーT細胞に発現するCD40リガンドとの結合が必須である。したがってCD40リガンドに異常があると、クラススイッチが行われなくなる。T細胞に発現する分子の異常によりB細胞の異常が表現されることは、免疫反応が多種多様な免疫細胞同士の連携で成り立っていることを示す良い一例である。一方で、CD40リガンドの異常により、ヘルパーT細胞自身の活性化にも障害がおき、細胞性免疫を誘導するサイトカインの分泌が低下することによってカリーニ原虫などに対する抵抗性が落ちているものと考えられている。CD40リガンドはX染色体に存在するため、ブルートン型無ガンマグロブリン血症と同様に原則的には男児のみに発症し、X連鎖性高IgM症候群と呼ばれている。

 一方、先天性高IgM症候群の中には、稀だがCD40リガンドに異常のない症例も存在する。これらの症例を調べてみるとCD40に異常があるものが見つかった(図1)。基本的にはCD40リガンドの異常と同じ機構で免疫異常が生じるものと考えられる。さらに最近、抗体のクラススイッチに必須の酵素であるactivation-induced deaminase (AID)の変異により高IgM症候群を呈する患者が、京都大学の本庶教授とフランスのグループの共同研究により見つかった(図1)。ちなみに、CD40リガンド、CD40、AIDのノックアウトマウスの表現型とそれぞれに対応するヒトの疾患の症状とは概ね一致していることが示されている。

 

Lesson from Nature # ? T細胞がなくなったら?

 小児科医のBrutonによって初めて先天性免疫不全症が報告されて後、やはり小児科医であったDiGeorge (A. M. DioGeorge) は新たな免疫不全症を報告した。この疾患は生後、顔面奇形、大血管を中心とする心奇形などを示し、低カルシウム血症によるテタニー、ウイルスや真菌、マイコバクテリアなどの病原体への感染などで発症し、DiGeorge症候群と呼ばれている図1)。この疾患は発生学的にIII, IV鰓弓の異常により副甲状腺と胸腺の発達異常が病因となっており、特に胸腺の発達異常はT細胞の分化障害を引き起こし、ほとんどT細胞がなくなってしまうことが示された。一方でB細胞の数や抗体の量には全く異常がない。この疾患はT細胞自身には異常がなく、T細胞が分化する環境に異常がある点が特徴的であり、免疫システムの成立には様々な要因が必要であることを改めて教えてくれている。最近、ほとんどのDiGeorge症候群の患者で、染色体22番長腕(22q11.2)の領域の欠失があることが明らかになったが、責任遺伝子はまだ同定されていない。この疾患のマウスモデルとしてヌードマウスが知られている。このマウスは上皮細胞の異常により皮膚表面が無毛となっているほか、やはりIII, IV鰓弓の異常により胸腺の発達がみられず、DiGeorge症候群と同様のT細胞の異常を呈する。

 

Lesson from Nature # ? T細胞と抗体の両方がなくなったら?

 T細胞による細胞性免疫と抗体による液性免疫の両方に同時に異常が生じたものを重症複合型免疫不全症Severe Combind Immune Deficiency; SCID、スキッド)と呼んでいる。SCIDでは細菌感染症やウイルス感染症のどちらにも抵抗性が極端に落ちており、多くの患者は2歳になる前に重症感染症で死亡してしまう。

 SCIDの半数はX連鎖性重症複合型免疫不全症 (X-linked SCID) であり、女児はキャリアーであっても発症せず、男児のみが発症する。X-linked SCIDではT細胞、NK細胞の減少がみられるが、B細胞数は正常か、むしろやや増加する。最近になり、この疾患はIL-2, IL-4, IL-7, IL-9, IL-15, IL-21のレセプターの共通のγ鎖(γc)の変異異常によるものであることがわかった(図1)。中でもIL-7レセプターからのシグナル伝達異常はT細胞の、IL-15レセプターからのシグナル伝達異常はNK細胞の分化を障害する。一方、B細胞数は正常であるが、ヘルパーT細胞が存在しないため抗体産生が障害され、液性免疫にも異常がみられる。ちなみに共通γ鎖やIL-7, IL-7レセプター、IL-15レセプターのノックアウトマウスの表現型はヒトのX-linked SCIDによく類似することが示されている。

 SCIDの中でX連鎖性以外の残りの半数はadenosine deaminase (ADA) 欠損異常である(図1)ADA欠損により細胞質内でdeoxyadenosineやその前駆体が蓄積し、特にT細胞やB細胞ではDNA合成を障害し、生後次第にこれらのリンパ球の分化や増殖が阻害され、数の減少が生じてくる。

 

Lesson from Nature # ? NK細胞がなくなったら?

  NK細胞は腫瘍細胞やウイルス感染細胞に対して細胞傷害活性を持つ細胞であることが試験管レベルの実験やマウスモデルにより示されてきた。実際、NK細胞の欠損したヒトの患者がこれまで数例報告されている。NK細胞のない患者では、γヘルペスウイルス族に含まれる単純ヘルペスウイルスやサイトメガロウイルスなどの重篤な感染が繰り返され、生命を脅かされるほどであった。このような症例報告から、NK細胞がある特定のウイルス感染に対して抵抗性有していることを示しており、その認識機構の問題などは興味深い。

 

エキサイテイングな時代

 本稿では主にT細胞、B細胞、NK細胞の数的異常を来す代表的な先天性免疫不全症について述べた。先天性免疫不全症には、上記に述べたもの以外にも知られている疾患がまだ多数ある(表1)。そしておそらくはまだ明らかになっていない疾患はもっと多数あるのではないかと考えられる。なぜならば、X連鎖性の遺伝子変異でなければ、キャリアーになっても症状は出にくいからである。実際、知られている先天性免疫不全症の多くはX連鎖性である。仮に遺伝子変異がどの染色体において出現するかはランダムであるとするならば、常染色体上に存在する免疫システムに関与する遺伝子もまた、同様に変異が生じるはずである。しかし劣勢遺伝であれば症状は現れない。またこのような遺伝子異常がすでに胎児や生後早期死亡をきたすものであるかもしれない。

 小児科医であったBrutonが免疫不全症を発見して報告してから責任遺伝子が同定されるまで40年余りの歳月が費やされた。今、新しい免疫不全症が発見されたとしても、責任遺伝子が同定されるまでやはり40年間かかるかといえば、ノーであろう。遺伝子、分子レベルでの免疫システムの基盤的理解の進展は、このような問題の解決に圧倒的なアドヴァンテージを提供してくれている。その意味で今は期が熟したエキサイテイングな時代に我々は生きていると思う。