ひと目でわかる分子免疫学

 

連載第8回 (最終回)

「自己寛容から学ぶ免疫学の基本原理」

 

 

渋谷 彰

SHIBUYA Akira

筑波大学大学院人間総合科学研究科、基礎医学系免疫学

先端学際領域研究(TARA)センター

 

Key Words

中枢性自己寛容

末梢性自己寛容

クローン消失

レセプター編集

クローナルアナジー

制御性T細胞

 

Points

T細胞、B細胞の中枢性の自己寛容はクローン消失による。

B細胞の中枢性自己寛容はレセプター編集も関与する。

T細胞、B細胞の末梢性の自己寛容は、クローン性アナジーによる。

自然免疫細胞の自己寛容は抑制性受容体からのシグナルによる。

 


DNAXへ捧げる鎮魂の章

 著者とその妻が留学していたDNAX分子細胞生物学研究所は、カリフォルニア州のPalo Altoという小さな町にあった。カリフォルニア特有の抜けるように青い空が広がる、一年中爽やかな、そしてとてもきれいな町だった。町のかなりの部分を占めるスタンフォード大学に隣接して、その研究所はあった。初めて訪れる人々は、その知名度に比しあまりにも小さい2階建てのその建物に驚いた。これは分子生物学のパイオニアであり、ノーベル医学生理学賞受賞者でもあったスタンフォード大学の教授であるArthur KornbergPaul Berg、そしてCharley Yanofskyらが、分子生物学を応用科学に役立てたいと考え1980年に設立したもので、翌年からはある製薬企業の全面的なサポートに負うところとなった。応用科学として選んだ対象は免疫学であった。新井賢一、直子博士夫妻を始めとした多くの日本人研究者を含め、世界各国から集まった若手研究者がここで青春を賭けた。ヘルパーT細胞が産生するサイトカインやそのレセプターを次々とクローニングし、さらにサイトカインのシグナル伝達の研究、Th1, Th2サブセットの発見とその分化機構の研究、NKレセプターのクローニングなど、輝かしい業績がこの小さな研究所で生まれた。これらは、90年代後半までの、金は出すが口は出さないという企業が存在しえた良き時代に行われたものであった。しかし時代の波は、企業をして金も出すが口も出させることとなり、そしてDNAX研究所は最近ついにその企業に吸収され、その名前も消滅したのである。分子生物学が生んだ遺伝子工学をいち早く取り入れて免疫学研究を開拓してきたDNAX研究所は、その時代の大きな使命を果たし、免疫学の歴史に、そしてまた我々DNAXerの心の深くにも、確固とした足跡を残し、終焉を迎えたのであった。

  

最終章-「自己と非自己」再考

 免疫学は基礎科学であるが、確かに応用化学でもある。もともと免疫学は、その言葉が示すように、病原体から免れる生体防御の仕組みを明らかにし、直接的に病気の予防と治療を志向する学問だったからである。しかし分子生物学を代表とする近代学問の発展は、免疫の本質は自己と非自己(病原体に限らず自己以外のすべてのもの)とを識別し、非自己を攻撃し排除する仕組みであることを明らかにした。T細胞やB細胞は蛋白抗原をそれに特異的な抗原受容体により認識し、これを契機として細胞内にシグナルが伝わり活性化するとともに、細胞膜分子やサイトカインなどによる直接的、間接的な細胞間の連携により種々の免疫細胞が一体となって、抗原である非自己を攻撃する。一方で免疫細胞は自己を攻撃しないということが免疫の大原則である。自己と非自己の識別とはこのことまでも意味し、両者がそろってはじめて免疫システムは成り立っている。一方の破綻が免疫不全となり、また他方で自己免疫となる。

  これまで7回にわたって、身近なテーマを通して免疫学の基本原理をできるだけ分かりやすく伝えようと試みてきた。最終回となる本稿では、もう一度最も基本的な免疫の原理である自己を攻撃しない仕組み、すなわち自己寛容について考えてみたい(表1)。

 

中枢性自己寛容

 T細胞やB細胞の抗原受容体の遺伝子再構成は、1011以上ともいわれる種類の多様な抗原受容体を生み出している。T細胞クローンやB細胞クローンはこれらの抗原受容体の一種類のみを発現し、生み出された抗原受容体の種類の数だけのリンパ球クローンのレパートリーが形成される(連載第1回参照)。これらの抗原受容体の遺伝子再構成はランダムに起きることからT細胞やB細胞の中には、自己の組織に発現する抗原(自己抗原)を認識するものも出てくる。T細胞が胸腺において分化、成熟する段階で、自己のMHCと自己抗原の両方を認識する未熟T細胞クローンは、抗原受容体からの強いシグナルがはいり、アポトーシスが誘導され、死滅してしまう(クローン消失)。これを負の選択と呼び(連載第4回参照)、もともと自己抗原に反応するT細胞を作らない仕組みであることから、中枢性の自己寛容Central Tolerance)と呼んでいる。

 90年代の前半、スタンフォード大学(当時)のGoodnow (連載第7回参照)B細胞でも同様の仕組みがあることを実験的に証明した。彼はほとんどのB細胞に鶏卵リゾチーム(Hen Egg Lysozyme: HEL)を認識するB細胞受容体を強制発現させたトランスジェニック(Tg)マウスを作製した。一方で、HELを全身の細胞膜上に発現させ、これを自己抗原とするTgマウスを作製した。このマウスではHELは胸腺中でも発現することから、負の選択によってHEL特異的なT細胞のクローン消失がみられた。これらのHEL特異的B細胞受容体と全身的細胞膜型HELをそれぞれ強制発現させた二種類のTgマウスを交配して得たマウスでは、骨髄に発現する膜型のHELHEL 特異的B細胞受容体に単なる結合するだけでなくこれを架橋することができ、そのためアポトーシスを誘導する強いシグナルが伝わり、骨髄内でクローン消失が誘導され、B細胞の中枢性の自己寛容が成立したことがわかった (図1)。このことは、多価の自己抗原とそうではない自己抗原とではB細胞受容体との結合の度合い(結合の強さとその量の総和)が異なるから、自己抗原の種類によって中枢性自己寛容の誘導能が異なることを示唆している。例えば、細胞膜に結合して多数発現する分子や二重鎖DNAなどのような分子はB細胞受容体を架橋しやすいことから、中枢性の自己寛容の標的となりやすいことが考えられる。この骨髄における抗原受容体からの強いシグナルによって生じるB細胞のクローン消失は、基本的には胸腺におけるT細胞の負の選択による自己寛容と同様の仕組みと言える。

 しかしB細胞には、T細胞にはないレセプター編集Receptor Editing)と呼ばれるもう一つの中枢性の自己寛容の仕組みがあるのではないかと考えられている。未熟B細胞が自己抗原と結合すると遺伝子再構成を促す酵素であるRAG1RAG2が活性化し、B細胞受容体の軽鎖の遺伝子再構成が再度生じ、別の異なる抗原に特異的な新たなB細胞受容体ができると言う現象が知られている。したがって、このようなB細胞も自己寛容を獲得することになるが、その分子メカニズムの詳細は今後の課題ともなっている。

 

T細胞の末梢性自己寛容

 ヒトは平均300のアミノ酸からなる10万種類の蛋白を作り出し、これらからおよそ3000万個の自己由来のペプチドができうると推定されている。これらがすべて自己抗原となり得ないとしても、相当な数の自己抗原が全身にあるはずである。もし全ての自己抗原が胸腺や骨髄の中で発現していたら、クローン消失やレセプター編集のみで自己寛容が獲得されうるが、常識的にはすべての自己抗原が胸腺や骨髄で発現していることは考えにくい。したがって、相当数の自己抗原に反応しうるT細胞やB細胞ができあがり、末梢に流れていることになる。これらの自己反応性リンパ球に対しては、どのような制御機構があるのだろうか。

 成熟T細胞の活性化には、T細胞受容体が抗原提示細胞上のMHCに提示された抗原ペプチドを認識し、そこからT細胞にシグナル(第一シグナル)が伝わることが第一の条件である。ところがこれだけでは不充分で、さらにT細胞に発現する補助シグナル分子であるCD28が抗原提示細胞に発現するCD80分子あるいはCD86分子と結合し、T細胞に補助シグナル(第二シグナル)を伝えることが必須であることがわかってきた。第一シグナルのみだと、むしろその抗原を認識するT細胞クローンは抗原に対して不応性(アナジー)になリ、クローン増殖がおこらない。これをクローン性アナジー(Clonal Anergyと呼んでおり、T細胞の末梢性の自己寛容の仕組みの一つと考えられている(図2)。クローン性アナジーは抗原提示細胞のCD80CD86の発現がないか、低下した際に生じることから、自己寛容の獲得(裏返せば自己免疫の発症)は抗原提示細胞の状況にもよっていることを示している。

 さらにいったん活性化したT細胞では、CD80分子およびCD86分子と結合するCTLA-4 分子の発現が誘導され、T細胞の活性化を抑制するシグナルを伝える。CTLA-4CD28分子よりもCD80およびCD86に親和性が高く、いったん発現すると抑制性シグナルが優勢になるため、T細胞の活性化は沈静化の方向に向かうことになる。CTLA-4のノックアウトマウスではリンパ球の過剰な増殖のため、全身のリンパ組織の腫大がみられる。またCTLA-4CD80およびCD86との結合を阻止する抗体を投与すると実験的脳炎やインスリン依存性の糖尿病などのT細胞によるマウスの実験的自己免疫病が増悪する。これらのことから、CTLA-4もまたクローン性アナジーによるT細胞の末梢性の自己寛容に必須であることがわかる(図2)。

 T細胞はまた、持続的に繰り返す抗原刺激によってT細胞上にFas (CD95)とそのリガンドであるFasL の発現が誘導され、相互の結合によりT細胞のアポトーシス(活性化誘導細胞死Activation-induced cell death))がおきる。

 最近最も注目されているのが、制御性T細胞と呼ばれるCD4+CD25+T細胞サブセットである。これらの細胞はin vitro CD25-T細胞の増殖を抑制し、またマウスにCD25に対する抗体を投与しこれらの細胞を除去すると、自己免疫病の発症が圧倒的に高くなる。そのメカニズムはまだ充分に解明されていないが、T細胞の反応を抑制的に制御していることが明らかとなっている。

 

B細胞の末梢性自己寛容

 B細胞の中枢性自己寛容の研究に寄与したのは、上述したようにHEL特異的B細胞受容体と細胞膜型HELをそれぞれ強制発現させた二種類のTgマウスたちであった。これらのマウスの交配によって、骨髄内での抗原による架橋刺激がクローン消失による中枢性の自己寛容の仕組みであることを上述した。一方、それでは骨髄で架橋刺激を受けず分化した自己反応性B細胞クローンは、末梢でどのような制御を受けているのだろうか。この課題を明らかにするため、Goodnowらは、可溶型のHELを発現するTgマウスも作製した。このマウスでは膜型HELTgマウスと同様に、胸腺内での抗原提示細胞にHEL抗原ペプチドが提示され、T細胞の負の選択の結果、HEL 特異的T細胞クローンの消失がみられた。しかし、可溶型HELは骨髄内でHEL特異的B細胞受容体を架橋することはできないため、HEL特異的B細胞受容体をもつ成熟B細胞が分化した。つまり中枢性のT細胞の自己寛容は成立したが、B細胞の自己寛容は起きなかったのである。このマウスにおいて末梢性の自己寛容が生じるかを調べるために、成熟したHEL特異的B細胞受容体Tgマウスから得たB細胞を移入してみると、持続的にHEL可溶抗原による刺激を受けたB細胞はHELに無反応(アナジー)となり、さらにこれらのB細胞はリンパ濾胞に移動できず、HELに対する抗体産生などの免疫応答が停止していた(図3)。これらのメカニズムの詳細はいまだ明らかとなっていない。しかし、ここで注意を要することは、このマウスでは HELに対するT細胞の中枢性自己寛容が成立しており、HEL特異的ヘルパーT細胞が存在しないことである。このマウスにおけるHEL に対するB細胞アナジーは、このヘルパーT細胞が存在しないことによるのかもしれない。自己免疫病においては、自己抗体の産生を必要とする疾患が多数あるが、このような疾患においてもT細胞の自己寛容の破綻が一次的に重要である場合もあることを忘れてはならない。

 

自然免疫における自己寛容

 免疫細胞は非自己を攻撃するが自己を攻撃しないことは免疫の大原則であることを述べた。それでは、T細胞やB細胞以外の免疫細胞がになう自然免疫システムにおける自己寛容はどのようになっているのだろうか。厳密に特異抗原を識別する獲得免疫システムと異なり、構造パターンの違いによって抗原を認識し免疫応答を誘導する自然免疫システムでは、自己の組織傷害の危険がより生じやすいと考えられる。したがって、むしろ免疫細胞の活性化の厳密なコントロールによる免疫寛容機構がなければならないのではないだろうか。

 このような疑問に最近、光が当てられてきた。例えば、NK細胞ではMHCクラスI に対する様々な受容体が同定され、それらの細胞内領域に存在するITIM (immunoreceptor tyrosine-based inhibitory motif) を介して抑制性シグナルを伝えることが明らかになり、これがNK細胞の免疫寛容を担っていると考えられるようになってきた(連載第3回参照)。また、顆粒球系の細胞では活性化シグナルを伝えるPIR-Aと活性化を抑制するPIR-Bとのペア型レセプターが同定され、そのうちのPIR-BMHCクラスIを認識し、顆粒球系細胞の自己寛容の一端をになっていることが明らかにされた。自己免疫病の多くは自己抗原に特異的なT細胞や抗体が存在し、これらが病因の本体であることも多い。しかし、一方で自己抗原が不明の免疫病も多数あるのも事実である。このような病気の中には、これらの自然免疫システムの異常によるものもあるかもしれない。

 

終わりに

 本稿では、免疫システムにおいて最も基本的な原理である自己寛容について、特にT細胞、B細胞を中心に述べた。自己寛容の言葉としての定義は明確であるが、しかしその実体は必ずしも十分に明らかになっているわけではない。とりわけヒトにおける自己寛容の仕組みを理解することは、多くの自己免疫病の病態の理解とその治療法の開発にとって重要であろう。抗炎症剤、副腎皮質ホルモン剤、また注目されている生物製剤にしろ、自己免疫病の本質をふまえた理想的な治療法とはとても言いがたい。免疫学は応用科学であるとした分子生物学のパイオニアたちの期待に今こそ応える時期がきたのではないだろうか。本連載を目にした医学、生物学を学ぶ若い諸君の中から、免疫学の面白さを感じ、その応用科学としての大きな可能性にチャレンジしようと志す若者が出てくれば、筆者の望外の喜びである。