研究成果

計画研究班A01-7(小柳)

概要

ヒト免疫不全ウイルス1型(HIV-1)は、その複製過程において様々な宿主タンパク質を利用している。一方、HIV-1の複製増殖を抑制する宿主タンパク質(“内因性免疫 [intrinsic immunity]”の構成因子として知られている)として、apolipoprotein B mRNA-editing enzyme catalytic polypeptide-like 3 (APOBEC3) が知られている。APOBEC3タンパク質は、HIV-1の出芽の際にウイルス粒子に取り込まれ、新規感染細胞内での逆転写反応過程において強力な抗ウイルス効果を発揮する。

APOBEC3、特にAPOBEC3GとAPOBEC3Fは、2つの経路によりHIV-1複製を抑制する。第1の機構は、自身のシチジンデアミナーゼ活性依存的な経路である:逆転写産物のウイルスマイナス鎖DNAのCを脱アミノ化し、Tへと変換させる(結果的に、相補的なウイルスプラス鎖DNAにはG→A変異が挿入される)。このウイルスゲノムのG→A変異によってアミノ酸変異や終止コドンの挿入が引き起こされ、ウイルスの感染性を欠失させる。第2の機構は、酵素活性非依存的な経路である:APOBEC3は核酸結合タンパク質であることから、HIV-1のマイナス鎖DNAに強固に結合する。それにより、ウイルスの逆転写反応を阻害する。

これまでの研究より、APOBEC3Gの抗HIV-1活性はAPOBEC3Fより強いことが示唆されている。しかしながら、それぞれのAPOBEC3タンパク質について、上記の2つの抑制機構がそれぞれどの程度の寄与率によって抑制効果を発揮しているのかは不明であった。今回我々は、実験ウイルス学と数理科学の学際的融合研究により、APOBEC3GおよびAPOBEC3FによるHIV-1複製抑制能の差異を定量的に解明することに成功した。具体的には、APOBEC3Gの抗ウイルス活性の99.3%は第1の機構(酵素活性依存的経路)によるものであること、一方、APOBEC3Fの抗ウイルス活性の30.2%は第2の機構(酵素非活性依存的経路)によるものであることが明らかとなった。従来の実験科学的手法のみでは明らかにすることが不可能であったウイルスと宿主タンパク質の相互作用により引き起こされる多元的事象を数理科学的解析手法によって初めて明らかにした。


図1. APOBEC3による抗ウイルス活性.
APOBEC3タンパク質は、HIV-1の出芽の際にウイルス粒子に取り込まれ、新規感染細胞での逆転写過程において抗ウイルス効果を発揮する。第1の機構(赤):自身のシチジンデアミナーゼ活性依存的な経路。逆転写産物のウイルスマイナス鎖DNAのC(シトシン)を脱アミノ化し、T(チミン)へと変換させる(結果的に、相補的なウイルスプラス鎖DNAにはG[グアニン]→A[アデニン]変異が挿入される)。このウイルスゲノムのG→A変異によってアミノ酸変異や終止コドンの挿入が引き起こされ、ウイルスの感染性を欠失させる。第2の機構(青):酵素活性非依存的な経路。APOBEC3は核酸結合タンパク質であることから、HIV-1のマイナス鎖DNAに強固に結合する。それにより、ウイルスの逆転写反応を阻害する。野生型APOBEC3(wild type [WT])は第1、第2の両方の機構によって抗ウイルス効果を発揮するのに対し(左)、酵素活性を欠失したAPOBEC3(catalytically inactive [CI])は、第2の機構によってのみウイルス複製を阻害する(右)。