研究成果

発表論文報告(小柳)

概要

レンチウイルスと宿主因子の進化的軍拡競争の解析

ほ乳類がコードするDNAシチジン脱アミノ化酵素APOBEC3は、レンチウイルス粒子に取り込まれ、その感染・複製を強力に阻害する活性を持つ。一方、レンチウイルスがコードするVifタンパク質は、ウイルス産生細胞内のAPOBEC3タンパク質をユビキチン・プロテアソーム経路依存的に分解することにより、その抗ウイルス活性を拮抗阻害する。HIVに代表されるレンチウイルスは、その進化過程において、宿主の抗ウイルス因子を拮抗阻害するタンパク質を獲得してきた。VifとAPOBEC3の進化的軍拡競争は、レンチウイルスとほ乳類に共通する事象であると推察される。その一例として、イエネコ(Felis catus)がコードする抗ウイルス因子APOBEC3Z3と、イエネコの病原性レンチウイルスであるFIVのVifの関連性が挙げられる。近年、イエネコのAPOBEC3Z3遺伝子には多型があり、少なくとも7つのハプロタイプ(Hap I?VII)があることが報告された(de Castro et al, Infect Genet Evol, 2014)。しかしながら、このイエネコAPOBEC3Z3の多型とFIV Vifの機能的・進化的関連については不明であった。本研究では、実験ウイルス学と分子系統学を融合させ、イエネコのAPOBEC3Z3とFIVの進化的軍拡競争を実験的に検証した。まず、イエネコAPOBEC3Z3遺伝子を分子系統学的に解析した結果、この遺伝子が正の淘汰を受けていること、また65番目のアミノ酸が正に選択されていることが示唆された。次に、7つのイエネコAPOBEC3Z3ハプロタイプの抗ウイルス活性について、実験ウイルス学的解析を行った結果、すべてのイエネコAPOBEC3Z3ハプロタイプが同等の抗ウイルス活性を有していることが判った。一方、Hap V以外のイエネコAPOBEC3Z3ハプロタイプの抗ウイルス活性はFIV Vifタンパク質によって拮抗阻害されるのに対し、イエネコAPOBEC3Z3 Hap V(65番目のアミノ酸がイソロイシン)は、検討したすべてのFIV Vifタンパク質に対して耐性であることが明らかとなった。そこで、65番目のアミノ酸の点変異体シリーズを作製し、Hap VのVif耐性が何によって規定されているかを実験的に検討した結果、表面積の大きいアミノ酸残基を持つAPOBEC3Z3は、FIV Vif耐性になることが明らかとなった。最後に、7つのイエネコAPOBEC3Z3遺伝子ハプロタイプの配列情報、および、イエネコ(Felis catus)の分岐年代情報を基に、Bayesian evolutionary analysis by sampling trees(BEAST)解析を行い、イエネコAPOBEC3Z3 Hap Vの出現年代を推定した。その結果、イエネコAPOBEC3Z3 Hap Vは、約60,000年前(後期更新世)に正の選択によって出現したことが示唆された。以上の結果から、イエネコの進化過程において、APOBEC3Z3 Hap Vが正に選択されてきたこと、またその進化が祖先のFIV Vifタンパク質によって駆動されたことが強く示唆された。本研究は、ある宿主とウイルスの共進化過程で起こった進化的軍拡競争を実験的に実証する初めての知見である。

図の説明:7つのイエネコAPOBEC3Z3遺伝子ハプロタイプの進化系譜。7つのイエネコAPOBEC3Z3遺伝子ハプロタイプの配列情報、および、イエネコ(Felis catus)の分岐年代情報を基に、Bayesian evolutionary analysis by sampling trees(BEAST)解析を行い、イエネコAPOBEC3Z3 Hap Vの出現年代を推定した。その結果、イエネコAPOBEC3Z3 Hap Vは、約60,000年前(後期更新世)に正の選択によって出現したことが示唆された。