班長の挨拶


■A04班 「脳細胞の変性に関する研究」

班長 辻 省次(東京大学・医学部附属病院・神経内科・教授)

 A04 班では、アルツハイマー病以外の神経変性疾患、すなわちパーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症,ポリグルタミン病などの神経変性疾患の病態機序を解明し、治療法を開発することを目標としています。「先端脳」がプロジェクト達成型の研究として位置づけられていますので、A04班においても5年間で上記の目的を達成する必要があります。神経変性疾患研究の病態機序を明らかにするためには、さまざまなアプローチが考えられますが、大きくわけると、遺伝子を基盤とするアプローチと、タンパクを基盤とするアプローチを進めていく必要があると思います。
  遺伝子を基盤とするアプローチは、ポジショナルクローニング、ヒトゲノムプロジェクトなどの飛躍的な進展により、単一遺伝子疾患としての神経変性疾患の多くで病因遺伝子が同定され、焦点は病因遺伝子の解明から分子病態機序の解明へと移りつつあります。この分野では,特に,ポリグルタミン病,遺伝性パーキンソン病のように国際的に見てもわが国の貢献度の高い領域が含まれており、このような領域でぜひ治療法開発に届く研究を期待したいと思います。単一遺伝子疾患の中にもまだまだ病因遺伝子が未解明の疾患があり、特にパーキンソン病、脊髄小脳変性症についてはこの研究班でも取り組んでいく予定です。また、孤発性神経疾患についても多遺伝子性疾患としての考え方から疾患感受性遺伝子の同定というアプローチが今後重要になってくると考えています。
  タンパクを基盤とするアプローチは、コンフォメーション病という概念が重要であると考えられます。神経変性疾患にはさまざまな封入体の出現が観察されますが、老人斑、神経原線維変化、Lewy bodyなどの封入体は、それぞれ、アルツハイマー病、前頭側頭型痴呆、パーキンソン病の発症機構において重要な役割を果たしていると考えられます。このような封入体の形成に関わるタンパクのコンフォメーション変化は遺伝的にも、何らかの環境要因によっても生じうると考えられ、遺伝性神経変性疾患と孤発性神経変性疾患を結びつける重要な点であろうと思っています。タンパク分子のプロセッシングの異常、ユビキチン・プロテアソーム系、分子シャペロンなどの関与が強く示唆されており、本研究班でもこの分野については重点的に取り組みたいと思っています。
  一方、神経細胞の生存維持機構や、アポトーシス、神経成長因子など神経生物学の立場からの研究は、治療法開発に向けて必須の分野であります。本研究班においてこの分野の研究と疾患研究の分野の連携が強く望まれるところであります。これまでは、「神経変性疾患」=「神経細胞のアポトーシス」という単純化したパラダイムが一世を風靡した感がありますが、最近になり、神経細胞変性には、アポトーシスでもなく、ネクローシスでもない、別の「細胞死」の機構があるのではないかという考え方も出されてきており、この研究班の重要な課題になるだろうと考えています。
  また、A04班の特徴の一つとして、ポリグルタミン病の関係では、歯状核赤核・淡蒼球ルイ体萎縮症、球脊髄性筋萎縮症、ハンチントン病、前頭側頭型痴呆などの動物モデルが本研究班員によって開発されていますし、さらに、パーキンソン病、ALSなどについても独自の動物モデルの開発が進んでいます。このような動物モデルが、病態機序の解明だけでなく治療法開発においても極めて有用なものとなると期待されます。
  以上述べましたように、A04班は、神経変性疾患をターゲットに、病態機序の解明にとどまらず治療法開発まで到達する研究を5年間で行うという重い使命を負っています。幸いに、A04班は、臨床系のと基礎医学領域の研究者で幅広く構成されており、疾患研究と基礎研究の横断的な研究を展開するのに最適な構成となっていると思います。ぜひ、interdisciplinaryな研究者の活発な交流、連携、共同研究が実現し、実りある成果が生み出されることを期待したいと思います。