班長の挨拶


■B02班 班長交代の挨拶

丹治 順 (東北大学大学院医学研究科システム生理学)

 B02グループは「システム回路形成及びその機能の研究」という研究班テーマのもとに研究を進めて来ましたが、彦坂興秀氏の米国転出のため、班長をお引き受けすることとなりました。この研究班は脳のシステム的回路形成に関する構造的・機能的研究も視野に入れながら、脳の高次機能の動態を理解する研究に重点がおかれており、今後もその基本的方向に変わりはありません。
 脳の高次機能、すなわち認知、行動、記憶、情動、思考などの過程が行われるメカニズムの研究は、世界的に研究の進展が顕著ですが、日本国内の研究レベルは高水準で、この研究班においても世界をリードする研究がいくつも展開されております。しかしまだ研究者の層がきわめて薄いので、高次機能研究の幅と厚みを増やすことが重要な課題です。その観点から、この研究班の存在は誠に貴重で、その活動に対する期待も大きいと言えましょう。研究班において、次代の研究を担う若手研究者を育成することも、大切な使命のひとつです。特に脳のシステム的研究を行うためには、技術の習得と研究の基本概念の把握に、極めて多年月を必要とするという特殊事情があり、研究継続が重大な意味を有することを、声を大にしてアピールする必要もあります。
 B02班の研究内容と研究目標については、既に彦坂興秀氏が先端脳 News Letter第1巻第1号に記述しているので、繰り返し述べる必要はありませんが、今後の展望として有望ないくつかの方向について付言することに致します。
 脳の高次機能を具体的に理解する研究が次々と実現されつつある現在において、今後は精神現象をも含めて、脳機能の理解を目指す研究の方向性が見えてきました。(1)認知機構の研究に関しては、主観的認知ないしは認知情報の意味処理が研究の中心的なテーマとなるでしょう。(2)行動の制御機構に関しては、随意的行動決定機構及び目的達成のための戦略の形成過程を解明することが望まれます。(3)記憶メカニズムに関しては、エピソード記憶の機構解明と共に、記憶内容の主体的利用機構の解明が有望な研究ターゲットとなるでしょう。(4)身体情報と情動が大脳辺縁系の活動に表現されるだけではなく、主観的認知、行動決定、記銘や想起などの幅広い脳機能に深く関与する実態が明らかにされるでしょう。(5)思考のモデルとして、前頭前野の活動が情報の抽象化と一般化、有用な情報の創造、あるいは推論・判断などの過程を産み出していくメカニズムを理解することが期待されます。(6)コミュニケーションを実現する脳の機構も、実現可能な研究テーマとなっています。ヒトの脳活動のイメージングと、霊長類の動物モデルを統合した研究の成果が期待されます。
 他方、霊長類を研究対象としてシステム的脳研究を行っている研究者には、脳機能の舞台となっている脳のミクロ的構造と、脳の微細な構成素子の働きに関する知見の進展を常に念頭から離さないことが望まれます。分子生物学・ゲノム科学の神経科学への応用が著名な成果を挙げている現在、それらの研究手法を脳の高次機能研究にまで適用しようとする視点が必要で、それは近い将来の研究進展の方向として見えてきつつあります。