活動報告


     

「眼球運動失行と低アルブミン血症を伴う早発型失調性(EAOH)の疾患遺伝子の同定」
伊達英俊・辻省次 (新潟大学脳研究所神経内科)

 わが国の脊髄小脳変性症の有病率は10万人あたり約10人程度と推定されている。その中で、遺伝性脊髄小脳変性症は約40%であるとされている。遺伝性脊髄小脳変性症の中では、常染色体優性遺伝性脊髄小脳変性症が大部分を占める。常染色体劣性遺伝性脊髄小脳変性症の中では、Friedreich失調症が"教科書的"には、有名な疾患である。欧米白人ではFriedrich失調症はもっとも頻度の高い遺伝性失調症であり有病率は3万から5万人に1人、保因者は60人から110人に1人とさえいわれている。一方わが国においても、 Friedreich失調症類似の臨床表現型を示す症例の存在が知られていたが、Friedreich失調症の病因遺伝子であるfrataxin遺伝子変異が確認された症例の報告はなく、わが国においてこれまで臨床的にFriedreich失調症あるいはその亜型と診断されていた症例の臨床的位置づけが不明であった。このような表現型を示す症例の一部においては、a-tochopherol transfer proteinの欠損によるビタミンE欠乏性失調症が見出されているものの、多くの症例については、病因遺伝子が未解明の状態であった。

 Friedreich失調症類似の臨床表現型を示す疾患群のなかで、我々は、発症年齢が20才未満と若く、低アルブミン血症を伴う一群(Early onset ataxia associated with hypoalbuminemia:EOAHA)に注目し、独立した疾患群と考え報告してきた。これらの疾患においてはfrataxin遺伝子のGAAリピートの異常伸長は認められず、また、連鎖解析においてもfrataxin遺伝子座への連鎖は否定され、病因遺伝子のポジショナルクローニングを目指して全ゲノムを対象とした体系的な連鎖解析を進めてきた。

 一方同様に劣性遺伝形式をとる早期発症型の失調症のうち、眼球運動失行を伴う一群(Ataxia ocular motor apraxia:AOA)が、1988年にAicardiらにより、本邦の小児症例を含めて、小児例を中心に報告されていた。眼球運動失行とは、随意的な衝動性眼球運動の開始障害があり、代償性に頭部の衝動性回転(head thrust)が認められる症候である。本症は不随意運動を伴う点や、腱反射の低下を伴う点などEOAHAとの類似点がある。さらに、昨年になりFranceのMorieraのグループによりAOAの一部が9p13に連鎖することが報告された。我々は、臨床的な観点から両者が同一の疾患である可能性を考え、9p13領域への連鎖の可能性について解析を行った。連鎖解析を行った家系は7家系、そのうち3家系に近親婚がある。またこれらの家系は、累代発症を認めず、常染色体劣性遺伝と考えられる遺伝形式を示している。AOAが連鎖する領域である9p13のマイクロサテライトマーカーを用いて解析を行うと、2点間連鎖解析では、D9S1845において、θ=0で最大ロッド得点7.7とが得られ、EOAHAとして集積してきた家系がAOAと同様に9p13領域に連鎖することが確認された。この連鎖解析の過程で、家系間で共通するハプロタイプが存在することが見出され、連鎖不平衡の存在が示唆された。出身地を見ると北は新潟、南は高知、熊本と様々であるにも関わらず、7家系中6家系で、D9S165、D9S1788、D9S1845において、3種類のハプロタイプが見出されるという、強い連鎖不平衡が認められた(Fig 1)。


 次に、連鎖不平衡の認められる領域を中心として物理地図の作成を行った(Fig 2)。連鎖不平衡の存在する領域を絞り込むために、新たにマイクロサテライトマーカー126M6ms2と462Bms2を開発し、同領域で連鎖不平衡が崩れることを確認した。以上より、疾患遺伝子の存在する部位は約450kbの領域に絞られることがわかった。この領域には少なくとも5つのEST、または発現遺伝子が確認でき、我々はこの中から中枢神経系での発現が報告されている遺伝子を候補遺伝子と考え、患者群において共通に変異が認められるかどうか検討をおこなった。その結果、解析した全患者に於いてに変異が存在することを確認した。具体的には、1塩基の欠失と1塩基の挿入によるframe shiftをもたらす変異の2種、アミノ酸置換を伴うミスセンス変異の2種、計4種類の遺伝子変異が確認できた。Frame shift変異が存在することと、すべての患者に変異が認められたことから、この遺伝子が原因遺伝子と考えた。興味深いことに、当初Aicardiらによってataxia oculomotor apraxia として報告された症例もこの遺伝子に変異が存在することが確認された。以上より、本疾患は、眼球運動失行Ocular motor apraxiaと小脳失調ataxiaが中核であるという考えから、この遺伝子をaprataxin(APTX)と命名した。


 aprataxinのmRNAはは、2.2kbの大きさで、ほぼ全組織で発現を認めた。また、1塩基欠損と1塩基挿入の遺伝子変異をヘテロ接合で持つ患者由来のBリンパ球芽株を用いた解析では、そのmRNAの発現量が約56%の低下を認めた。aprataxinは7つのエクソンよりなり、モチーフ解析では、一個のHIT motifと一個のZinc finger motifを有する(Fig2)。HITモチーフを持つものには、Histidine triad nucleotide binding protein (HINT)や腫瘍との関連が注目されているFragile histidine triad (FHIT)などがある。構造解析よりHistidine triadの部位がカタリックドメインとして機能することが推察されているが、HINT、FHITいずれも生体内での基質や機能については分かっていない。これまで主として神経内科領域で、低アルブミン血症を伴う早発型脊髄小脳変性症として見出されていた疾患と、小児神経の領域で、ataxia ocular motor apraxiaとして報告されていた疾患がともに、aprataxin遺伝子の変異によって生じることは大変興味深い。これまでの臨床報告ではEOAHAにおいては眼球運動失行があまり注目されておらず、逆に、 AOAにおいては、低アルブミン血症が注目されていなかった。aprataxin遺伝子変異の確認された22家系について、その臨床像、特に臨床経過について調べてみると、眼球運動失行は幼児期には目立つが成人期には消失すること、一方、低アルブミン血症は成人期になってから出現することが確認された。この様に本症は時期により症状が変遷するため、幼児期発症例を小児期に見ればAOAという記載になり、一方成人期に同一症例を診察すれば眼球運動失行が目立たず低アルブミン血症が目立ちEOAHAという記載になる。両者の違いは同一疾患を異なる時期に観察したものと考えられる。

 EAOHはそのHITモチーフをもつ遺伝子(APTX)の異常で発症することが報告された初めて疾患である。現在のところaprataxinの生理的な機能は不明であり、aprataxin異常によって、どのような病態機序がもたらされるかも不明である。EAOHの臨床経過がきわめて緩徐であることからも、病態機序が解明され有効な治療法を確立していくことが可能ではないかと期待される。