活動報告

     

「新規転写因子 Irx2 はFGF8/MAP kinase の核内標的因子として働き、小脳形成を制御する」

小椋利彦 (東北大学・加齢医学研究所・神経機能情報研究分野)

  中脳と後脳の境界に形成されるisthmusにはorganizer活性を有するFGF8が発現し、これが中脳と後脳の発生を制御している。とくに後脳と後脳の背側に形成される小脳の発生は、isthmus FGF8のorganizer活性の影響を強く受ける1)。言うまでもなく、FGF8は分泌性の成長因子であり、細胞膜状の受容体に結合して細胞内にシグナルを伝達するが、このシグナルが具体的にどのような分子メカニズムで多様な遺伝子発現の変化を伴う小脳発生を調節するかは、全く不明のままであった。また、FGF8はisthmusから頭側、尾側に分泌されるが、それぞれ中脳、後脳/小脳といった全く異なる神経構造を作り上げることは、isthmusを挟んだ2つの領域に、全く異なる遺伝子発現があることを示唆している。
 我々は、これまでショウジョウバエの新しい転写因子iroquoisの脊椎動物ホモログIrxの単離と詳細な解析を行ってきた。ニワトリ、マウス、ヒトでは6つのIrx遺伝子が確認され、Irx1、Irx2、Irx4からなるIrxA complex、Irx3、Irx5、Irx6からなるIrxB complexを構成している2),3)。この遺伝子構成は、Hox clusterの構造を思い起こさせるが、進化の過程で遺伝子重複、染色体重複を経て出来上がってきたことを示唆しており、中枢神経系の複雑化との関連が想起される。事実、6つのIrx遺伝子は、発生過程の中枢神経系できわめて複雑で多様な発現パターンを示す4),5)。また、ショウジョウバエのデータは、Iroquoisがさまざまなシグナル分子と機能的に関連していることを示唆していた3)。ニワトリIrx遺伝子の発現パターンを解析していくうちに、Irx2が小脳発生の原基となるrhombic lipで強い発現を示すことが見いだされた。また、Irx2のアミノ酸配列にはMAP kinaseによってリン酸化されると予想される部位が複数確認された。このような知見は、Irx2がFGF8/MAP kinase経路と機能的に連関しながら小脳発生に寄与していることを想起させる。
 ニワトリ胚へのelectroporation法によってIrx2を強制発現させたが、形態の変化はきわめて軽微なものであった。以前からisthmusからのFGF8シグナルは中脳側へ弱く、後脳側へ強く伝達されており、必ずしもisthmus前後に対称に伝わっていない可能性が指摘されていた。このことから、FGF8をIrx2と同時に発現させることを試みた。結果は劇的で、中脳はほぼ完全に小脳になり、遺伝子導入を行った胚の右側には異所的にもうひとつの小脳が形成された(図)。異所的な小脳は、組織学的にも遺伝子マーカー発現においても小脳であることが確認された。

図 Irx2を遺伝子導入したニワトリ胚(E13)。Irx2が異所的に発現している右側には、異所的に2つめの小脳が形成されている。外見上、中脳が完全に小脳に形態転換したように見える。

 このようなデータは、Irx2がFGF8と密接な機能的な関係を保持していることを示唆している。生化学的な検討を詳細に行った結果、Irx2タンパクにはDNA結合ドメインのN末側、C末側にMAP kinaseでリン酸化される部位が見つかった。N末、C末の転写調節能を知るために、それぞれGAL4 DNA結合ドメインとの融合産物を作り、GAL4結合配列を有するreporterと共に、培養細胞に共発現したところ、MAP kinaseが不活化された状態ではC末側は強い転写抑制能を示すのに対し、MAP kinase活性化状態ではN末側が転写化能を獲得、C末側は転写抑制能を失うことがわかった。これは、FGF8/MAP kinaseがIrx2の転写活性化のスイッチとして働いていることを意味している。予想どおり、リン酸化されるセリン残基をアスパラギン酸に置換すると、変異Irx2はconstitutively active型として働き、FGF8を共発現せずとも単独で小脳を誘導できることがわかった。逆に、セリンをアラニンに置換すると、小脳形成能を失った。また、Irx2にEngrailedの転写抑制ドメインを融合させたものも、dominant negative Irx2となり、小脳の中脳への形態転換を引き起こすことが証明された。
 小脳は、後脳前端の背側に形成されるrhombic lipから発生する6)。これまで、多くの知見がもたらされ、FGF8がorganizerとして小脳形成に重要であることが示されてきた。しかし、FGF8のシグナルがどのようにして核内に伝達されて小脳形成を誘導するのか、全く解明されずに残されてきた。本研究は、ショウジョウバエから脊椎動物に至る広範な動物種で高度に保存されたIrx2遺伝子が、FGF8の核内の直接の標的因子であることがわかり、小脳形成時に働く最も基本的なプログラムの解明を意味する。脊椎動物の6つのIrx遺伝子は、中枢神経系の発生過程に、きわめてdynamicな発現パターンを示し、多様な神経の分化に関与していることが示唆される4),5)。一方、Irx遺伝子の発現は、肢芽や心臓でもきわめて興味深い領域に見られる。ショウジョウバエの解析から得られた知見を総合すると、FGF、Shh、Wnt、retinoic acidといったさまざまなシグナル分子との緊密な関連が推測され、今後はもっとgeneralなコンセプトに発展するような研究を推進する必要がある。

文献

1.Crossley, P.H., Martinez, S. & Martin, G.R. Midbrain development induced by FGF8 in the chick embryo. Nature 380, 66-68 (1996).

2.Ogura, K. et al. Cloning and chromosomal mapping of human and chicken Iroquois (Irx) genes. Cytogenet. Cell. Genet. 92, 320-325 (2001).

3.Gomez-Skarmeta, J.L. & Modolell, J. Iroquois genes: genomic organization and function in vertebrate neural development. Curr. Opin. Genet. Dev. 12, 403-408 (2002)

4.Bosse, A., et al. Identification of the vertebrate Iroquois homeobox gene family with overlapping expression during early development of the nervous system. Mech. Dev. 69, 169-181 (1997).

5.Cohen, D.R., Cheng, C.W., Cheng, S.H. & Hui, C.C. Expression of two novel mouse iroquois homeobox genes during neurogenesis. Mech. Dev. 91, 317-321 (2000).

6.Wingate, R.J. & Hatten, M.E. The role of the rhombic lip in avian cerebellum development. Development 126, 4395-4404 (1999).