活動報告

     

「発達期中枢シナプスにおけるGABAからグリシンへの伝達物質スイッチング」
鍋倉淳一 (自然科学研究機構 ・生理学研究所 ・生体恒常機能発達機構研究部門)

 1.研究の背景
 発達後期に一旦形成された神経回路に再編成がおこります。これは既に機能している回路の再編であるため、しばしば個体としての大きな脳機能の変化として表現されます。この神経回路の再編成のメカニズムとして、ネットワークレベルでは余剰シナプスの選択的除去、シナプスレベルでは神経終末からの伝達物質の放出様式の変化や、シナプス後膜における受容体の密度やサブユニット構成の変化が知られています。今回、これらに加えて、伝達物質自体が単一神経終末内において発達スイッチするという新しい回路再編成を提起しました。
 私達は個体における回路の再編と回路活動の関係を検討するために、幾つかのモデル回路を使っています。聴覚中経路核である外側上オリーブ核(LSO)には同側耳からの音情報が蝸牛核を介してグルタミン酸作動性入力として、対側音情報は内側台形体核(NMTB)を介してグリシン作動性として同一細胞に入力しており、興奮性/抑制性連関を観察するには最適のモデルとして近年注目が集まっています。蝸牛核やNMTBからのLSOへの興奮性および抑制性入力投射は生後1-3週で大きな再編が観察されます。さらに、ラット/マウスにおいては末梢聴覚器官の未熟性のため、聴覚発生は生後10日目前後であるため、それ以前の内耳操作により、発達期におけるグルタミン酸作動性およびGABA/グリシン作動性入力活動を生体内でコントロールすることができます1)。そのため、各々の入力活動による回路発達/成熟に対する影響を観察可能なモデル回路です。この系においてNMTBからLSOへの抑制系回路の発達リモデリングを検討しています。
 今回、NMTBからの抑制性入力において投射する神経終末から放出される伝達物質自体が未熟期のGABAからGABA+グリシン同時放出の時期を経て、成熟期のグリシンへと“単一神経終末内“において徐々に発達スイッチすることを電気生理学的および免疫組織学的手法を用いて明らかにしました。

 2.研究の成果
 成熟ラット(哺乳類)においてNMTBからLSOへの投射はグリシン作動性ですが、出生直後にはGABAA受容体ブロッカーであるbicucullineによってシナプス電流が大きく抑制されました。このbicucullineによる抑制は生後3週間で漸減したため、NMTBからLSOへの主要な入力はGABA作動性からグリシン作動性に発達変化することが判明しました。その機序を検討するために、発達各時期において、入力する神経終末を付着させたまま急性単離したラットLSO細胞にパッチクランプ法を適用し、観察されるGABA作動性およびグリシン作動性の抑制性微小後シナプス電流(mIPSC)のdecay timeの解析を行いました。decay timeはグリシン作動性mIPSC<<GABA作動性mIPSCでしたが、しばしば、両者が同一mIPSCに存在するグリシン+GABA作動性シナプス電流(mixed mIPSC)が観察され、同一シナプス小胞からのGABAとグリシンのco-releaseの存在が確認されました。発達に伴い、グリシン作動性mIPSCの頻度増加、GABA作動性mIPSCの減少とともに、移行期(生後6-8日目)においては一時的にmixed mIPSC(co-release)の頻度の増加が観察されました。そのため、LSOへの抑制性入力は全体としてGABA作動性からco-release時期を経てグリシン作動性シナプスへと変化することが判明しました。
 さらに、発達各時期においてco-releaseによるmIPSCのみに注目すると、個々のmixed mIPSC内の GABA作動性成分が発達に従い徐々に減少することが判明しました。この結果は、個々のmIPSCの構成成分が、生直後のGABA作動性主体から、GABAの成分が次第に減少し、グリシン作動性へと変化することを示唆します。
 また、GABAA受容体のGABAに対する感受性を増加させる薬剤であるベンゾジアゼピンを用いて、この薬剤のGABA作動性mIPSCの大きさへの影響を観察すると、移行期において特徴的にGABA作動性mIPSC大きさの増加が観察されました。このことは、未熟期においては、単一シナプス小胞から放出されるGABAはシナプス後膜の受容体を飽和させるのに対し十分量であるのに対し、移行期においては不十分なっていることが示唆されました。還流液中に加えたGABAに対する電流応答の大きさには発達変化がみられなかったため、ベンゾジアゼピンの作用の差は終末から放出されるGABAの量が発達減少したことによる可能性が示唆されました。
 これらの電気生理学的検討に加えて、免疫組織法を用いてLSO内におけるGAD陽性終末の数の発達減少とグリシン陽性終末の増加が認められ、さらに免疫電顕法において移行期(生後6-8日目)から生後3週目にかけて、グリシン陽性神経終末内のGABA含有量の発達減少が観察されました。
 これらの結果から、NMTBからLSOへの投射において単一終末内で伝達物質がGABAからグリシンへ徐々に発達スイッチすることが示唆されました。

 3.研究の意義
 発達期や各種障害後の再生期の脳機能が大きく変化する背景にある神経回路の再編成について、一旦形成された余剰回路の除去に代表されるネットワークの変化と、シナプスレベルでは伝達物質放出機構と受容体特性の変化に長年注目が集められてきました。これらに加えて、伝達物質自体がスイッチするという全く新しい形の回路再編を提起しました。高次中枢はグリシンを伝達物質として使ってないため、GABAとグリシン連関に関しては、脳幹や脊髄レベルで起こっている可能性が考えられますが、高次脳においても最近、GABAとグルタミン酸のco-releaseが報告されるなど異なる伝達物質間でのスイッチングが起こっている可能性が考えられます。
 今回の観察は放出される伝達物質の種類は固定的なものではなく、細胞および神経終末環境によっては比較的短時間で容易に変化しうることも示唆します。私達の研究室でもGABAとグリシンが短時間で変化するという予備実験結果を得ています。
 神経回路形成/成熟期におけるGABAの重要性に近年注目が集められています。今回、スイッチングが観察されたLSOにおいても未熟期に何故GABAであり、成熟期にはグリシンにスイッチすることが必要なのかという疑問が挙がってきます。LSOの機能として音源定位があり、成熟動物においてはdecay timeの早いグリシンをつかってon-offを明確にする必要があるのかもしれません。これに対し、他の多くの部位で報告があるように、未熟期2)や障害後3)の回路形成期には細胞内Cl-くみ出し分子であるKCC2が未発現であるため細胞内Cl-濃度が高く、decay timeの遅いGABAは、しばしばグルタミン酸よりも細胞内Ca2+濃度をより強力に上昇させる興奮性伝達物質として働いています。そのため、回路の再編をより強く推進する物質として働いている可能性が考えられます。実際、LSO細胞自体およびLSO内回路の発達remodelingはグルタミン酸作動性入力阻害よりGABA作動性入力阻害によって抑制されることが報告されています4)。また、GABAによる緩徐な脱分極はNMDA受容体のMg2+ブロックの除去によってサイレントシナプスの活性化の補助的な機能として働いている可能性も考えられます。
 当研究室では伝達物質のスイッチングなどの回路の柔軟性とともに、回路再編に対する新たなメカニズムの解明に取り組んでいます。

環境(聴覚)入力による回路発達制御の最適モデルとして注目されている内側台形体核(NMTB、右上図)から外側上オリーブ核(LSO)への入力において、伝達物質が未熟期のGABAからco-releaseの時期を経てグリシンへ単一神経終末内で発達スイッチ。細胞内Cl-濃度の発達減少に伴い、GABAの緩徐な脱分極からグリシンの急峻な過分極へ発達変化。


文献

1) Shbata S et al. Experience-dependent changes in intracellular Cl- regulation in developing auditory neurons. Neurosci. Res. 48:211-220, 2004.

2) Kakazu H et al. Regulation of intracellular Cl- by cotransporters in developing lateral superior olive neurons. J.Neurosci. 19: 2843-2851, 1999.

3) Nabekura J et al. GABA-induced excitation associated with reduction of KCC2 expression following in vivo axonal Injury. J.Neurosci. 22:4412-4417, 2002.

4) van den Pol AN et al. Excitatory actions of GABA after neuronal trauma. J.Neurosci,16:4283-4292, 1996.