設立の経緯



文部省特定領域研究「先端脳」設立の経緯

先端脳・事務局 金澤一郎

 夏のワ−クショップの懇親会では、おいしい食事を前にして誠に無粋かつ高圧的なお話 を致しまして申し訳けありませんでした。ミレニアム研究のもつ、ある種の「恐ろしさ」 を皆さんにお伝えすべきである、とのご示唆を頂いたこともあって、不本意ながらお話を いたしました。けれども、この「恐ろしさ」は本当であります。自由発想型の研究こそ大 切にすべきであって、目標達成型の研究が幅をきかせるべきではないということは、自分 も研究者のはしくれと思っている私にも十分に分かっているつもりです。それでもなお、 立場上このミレニアム予算の氏育ち及び5年後の運命を知る身としては、居ても立っても 居られない思いが強いのでありまして、ことの経緯をできるだけ皆様にはご理解頂いてお いた方がいいと考えました。そこで、ここにワ−クショップの時にはお話できなかった事 情や経緯を改めてご説明したいと思います。
 それは昨年の7月のことでした。時の総理であった小淵首相の率いる総理官邸がイニシ アティヴをとり、経済官庁主導(文部省主導ではないところがミソです)で各省庁から新 規要求枠の中で、5年間で産業界を活性化することを目的としたミレニアム予算なるもの が創出されるという話が何となく耳に入ってきました。今思えばそれがこのことに巻き込 まれる序曲でした。その後、文部省としても基礎研究推進により産業界活性化の一翼を担 うべく(その内の幾らかはミレニアム予算であっても獲得しないといけないと考えて)大 変な努力をされました。ご承知のように、ミレニアム予算のキ−ワ−ドはゲノム、がん、 痴呆であり、その線に沿った形で再還元してもらおうと猛烈に努力を始めた訳です。
 8月も中頃でしたか、文部省から予算の一部を脳研究にも配分できるだろうと言うこと を聞きました。私は文部省の科学官の立場でありましたので、すでに文部省に存在する脳 研究の集団としての「総合脳」の中心的な先生方にご相談しまして、実際に研究グル−プ を結成できるとしたらどのような分野が良いかということ、及びそれにふさわしい幾人か の研究者のお名前を挙げて頂きました。しかし、これを実現させるには学術審議会・バイ オサイエンス部会の諸先生方のご了解が必要です。そこで私が基本的な文案を作り、バイ オサイエンス部会で3回に渡ってご説明し、ご了解を頂いた次第です。これが昨年の10 月から12月にかけてでした。
 代表者には痴呆研究の第一人者として井原康夫先生、及び痴呆が高次脳機能の障害であ ることに鑑み、脳の生理機能研究の第一人者の彦坂興秀先生のお二人にお願いすることに なりましたが、領域代表者は井原先生にお願いすることになりました。けれどもそれから が大変でした。例えば「特定領域研究(C)」「先端脳」などという洒落た名前がついた のは予算申請が始まる直前といってもよいほど最近のことで、それまでは全体の予算規模 は基より、科学研究費のどこに位置付けられるのかさえ定かでないままに計画を立てなけ ればならなかったからです。文部省の担当官も随分苦労されました。その理由の一つは、 この予算がミレニアム予算という枠内にあるためにある種の足かせがあることで、研究者 の皆様にもかなりご迷惑をおかけしていると思います。もう一つは、すでに存在する特定 領域研究(A)との関係が明確でないままに計画を立てねばならなかったことです。それ でも当初は採択できる公募研究者の数が20〜30人程度であった予算を、応募者が多か ったこともあって一気に144名も採択できるように予算を増やしてもらえたことなど、 担当官のご努力および「総合脳」の先生方には感謝しております。
  これからは、この研究費を使って具体的な目標達成に向けた研究が実際に行われ、国民 が納得できる成果を挙げることができるか、という点が焦点になります。これがミレニア ム予算の宿命です。きれいごとでは済まされません。5年後の厳しい評価が待っているの です。皆さんの英知を結集して頂きたいと思います。もう一つ、将来の問題ですが認識し ておかなければならないことがあります。それは、自由発想型研究の特定領域研究(A) に応募しようと準備して来られた、あるいはこれから応募しようと考えておられる優れた 研究者軍団を、半ば強制的にこの特定領域研究(C)の中に押し込めた形になってしまっ たことです。その結果、脳研究に関してこれからしばらくの間は特定領域研究(A)への 応募がしにくくなり、また仮に応募しても採択されにくくなってしまったことです。こう なってしまったことには、事の成り行き上やむを得なかったという点はあるにしても、大 変大きな問題を残したと思っています。5年後にミレニアム予算が終了した時に(つまり 「先端脳」が終了した時に)脳研究が孤立してしまい路頭に迷う危険性が無いとは言い切 れないからです。常にこうした危機感を持ち続けることが必要であろうと思います。 事の経緯をご説明するだけのつもりが、またしても無粋かつ高圧的なお話になってしま いました。その点もう一度皆様にお詫びを申し上げますが、意のあるところをお汲み取り 頂ければ幸いに存じます。