筑波大学大学院 循環器内科

筑波大学大学院 循環器内科 〒305-8575つくば市天王台1-1-1 筑波大学医学系棟314 TEL 029-853-3143 FAX 029-853-3143

TOP > 循環器内科の紹介 > 教授挨拶

循環器内科の紹介

ご挨拶


筑波大学 医学医療系 循環器内科学
教授 青沼和隆


 循環器内科の皆様、今回は私の医師としての人生を振り返ってみたいと思います。
医師として活動を始めて、早40年が経過しました。医学部卒業当時、私自身が40年の長きに渡って第一線で医学研究を行い、教育を行うなどとは考えた事もありませんでした。
いや、むしろ太く短く、若い時期を気力と体力で乗り切り、その後は悠々自適の余裕の人生を歩むであろうと、自分の将来像を描いていました。
 1977年東京医科歯科大学第2内科に入局し、当代一の名教授と謳われた武内重五郎先生門下に弟子入りし、我が子の如く厳しくも愛ある指導を頂きました。
 茨城には1978年4月から1年間、医科歯科大学からの初めての研修医として土浦協同病院に勤務し、1979年には半年間初の循環器医として取手協同病院に勤務させて頂きました。1978年当時、土浦協同病院には180床の内科病床がありましたが、7名の内科専門医師(消化器2名、循環器2名、呼吸器1名、腎臓2名)の元、研修医は私1名のみが勤務する状況でした。今考えると、当時は180床の病床を内科研修医1名、専門医7名の計8名の内科医で診ていたとは、びっくりですね。当時土浦におられた先輩の先生方は、4名が大学教授、3名は大病院の病院長となられ、素晴らしい先生方に診療を教えて頂いた事を今となっては有り難く思っています。
 その後、1979年から横須賀共済病院へ移り、東京医科歯科大学関連病院で初めてのCCUの開設に携わりました。大学院での1年の生活の後、3年の留学と2年余りの武蔵野赤十字病院での勤務を経て、再び土浦協同病院に1987年より1991年までの4年間お世話になりました。
 その後、横須賀共済病院勤務を経て、2004年より東京医科歯科大学の関連病院を離れ、筑波大学に籍を移して13年ぶりに再び茨城の地に戻って後、早13年目を迎え、自身の医師としての経歴の中で最も長い時間を筑波大学で過ごす事になりました。
 この様に私の人生を振り返ると、茨城の地が一つのキーワードとなっていることに気付きます。
 土浦協同病院における医師2年目の初めての学外内科研修、取手協同病院における最初の循環器医師としてのスタート、私の恩師である山口巖先生に門戸を開いて頂いた、筑波大学での初めての大学教員生活等、初めての仕事はいつも茨城で始まっていたのですね。 更に、現在所属している筑波大学循環器内科は、私に医学の尊さと弛まざる努力の大切さを教えて頂いた恩師武内重五郎先生と東大2内時代の弟弟子であられる伊藤巌先生が開設された教室であり、現在その教室を預からせて頂いていることを考えると、年齢を重ねるに従い、人生のめぐりあわせというものを心に強く感じずにはいられない、深い感動を覚えます。 人生の終盤に差し掛かっている私自身の過去を 振り返るに、医師としても人間としても多くの先輩方との出会いが現在の自分を形成しており、人生における人と人の巡り合いには何ら無駄なものは無く、むしろプラスになる事ばかりであることが解ります。 若い先生方は、これから自身の経験を積んで自分を磨いていくものと思いますが、どうか教えを受けた多くの先生方への感謝の心を忘れずに過ごして下さい。
 どうか、これからの自分の行く末を考えるとき、多くの先輩の指導を思い出してください。どのような出会いも、環境も何一つとして無駄なものは無く、後々考えると実にためになる物なのです。
 自身の仕事というものは、自分が受けた愛、指導の上に成り立っているものであり、正にその意味では各自の人生には自業自得という言葉が当てはまります。
 現在或は過去の自分の行為が、未来にかけてどのように自身に降りかかって来るかはわからない事ですが、私個人の人生を振り返っても、本当に『人生は小説より奇なり』であり、遠い将来どの様に自分の身に巡って来るかは解らないものです。 その様な人生のめぐりあわせを考えるとき、くれぐれも過去と現在の自分を顧みて、どうか先輩・同輩・後輩から受けた恩や教育を大切に過ごしてください。いつか周りの人が思わぬところであなたを引き上げてくれるやも知れませんよ。    


筑波大学 医学医療系 循環器内科学教授

青沼和隆
平成28年 12月吉日



 


Copyright(C) Tsukuba University Hospital,All Rights Reserved