筑波大学大学院 人間総合科学研究科  機能制御医学専攻 脳神経機能制御医学 (脳神経外科学) Department of Neurosurgery, Institute of Clinical Medicine,Graduate School of Comprehensive Human Sciences, University of Tsukuba
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■ 第五回 聴神経腫瘍
■ 第四回 脳腫瘍、水頭症
■ 第三回 頚動脈狭窄症、ステント治療
■ 第二回 聴神経腫瘍、正常圧水頭症
■ 第一回 内頚動脈狭窄症、腰椎脊柱管狭窄症
 
■ S.T.さま(71歳女性・常総市)
   聴神経腫瘍

よろよろの歩き方がすっかり治りました。

小学校から高校を卒業するまでの12年間、無遅刻・無欠席というのが細やかな私の誇りでした。主人は時々私との結婚を決意した最大の理由はその健康に有る、などと良く口にします。そして結婚をしてから金婚を間もなくというこれまで病気で床に伏した記憶もありませんでした。それが1年位前からなぜか歩くのに違和感を覚えるようになりました。歩き始めるときなど何かに手を差し伸べることが当たり前のようになりました。よろけるようになり、後ろに向きを変えようとするとフラフラとなりました。買物に出掛けたときエスカレーターで下りることができません。駈け歩きが平気だった私にはその原因が全くわかりません。整形外科や耳鼻咽喉科を尋ねてみましたが効果のある結果に至りませんでした。主人が掛かり付けの医師から一度MRIで調べてみてはどうか、というアドバイスを頂き早々に病院に出向きました。予想だにしなかった結果を知りました。

小脳と脳幹部の間に4センチもの聴神経腫瘍があり、その腫瘍がフラフラする歩き方の原因になっていると思われる、また耳や目の違和感にも影響していると考えられる、ということが分かりました。階段の上がり下がりにも不自由なことと頭の中の腫瘍関係とが関係している、ということなど夢にも思いませんでした。

主人の掛かり付けの医師から「脳神経外科」は筑波大学附属病院が最先端の技術を持っているから、という理由でご紹介を頂きました。担当の鈴木先生から詳しく説明を頂き腫瘍の出来ている場所からして非常に難しい手術であることも分かりました。病気という病気を経験したことのない私はつい不安な気持ちも手伝って「まさか麻酔から覚めない、なんていうことはないでしょうね」などの愚問をしました。手術は順調に終了し、危惧された顔面神経麻痺もなく、スムーズに自宅に退院できました。

いまはあのフラフラした歩き方もすっかり元通りになり、エスカレータの上がり下がりも平気になりました。お会いする友人から祝福と驚きのことばを受けています。

いまは筑波大学附属病院の鈴木先生に感謝の気持ちが満ち満ちて毎日元気に働いています。

Before surgeryAfter surgery
 
■ 60歳 男性
   脳腫瘍、水頭症

私は2008年1月から脳腫瘍のため、3ヶ月余りの入院生活を送り、退院後の今も通院しながら治療を続けています。

1月2日、パソコンの年賀状ソフトの操作が突然困難になりました。それから10日程の間に字が書けなくなり、テニスをしていても空振りしたり、拾ったボールをこぼしたりと次々に症状が現れてきました。かかりつけの医師に相談したところ、脳の病気を疑われ、紹介状を書いて頂き筑波大学附属病院脳神経外科を受診しました。

不安と戸惑いの中、柴田先生に診察していただき、すぐに入院しました。入院から約1週間はMRI、核医学検査、眼科検査などがあり、その結果、脳腫瘍と診断され、手術を受けることになりました。手術前にはその目的、方法、危険性、術後の方針など詳しく説明して頂きました。手術前の検査(血管造影、ナビゲーションの為のMRI)を経て本番の手術が行われました。

手術後、柴田先生から説明があり、追加の治療、すなわち放射線治療と抗ガン剤治療が必要なことを告げられました。

手術から約1週間後にはリハビリテーションが始まりました。ほとんど毎日のリハビリテーションが最初は辛かったのですが、先生たちの熱意により徐々に「俺は何としても治るのだ!」という気持ちを持てるようになってきました。さらに手術後20日位してから、放射線治療が始まりました。それはX線と陽子線の治療で併せて1ヶ月以上の日数を要するものでした。特に陽子線治療初日に見せて頂いた大規模な設備と装置には驚きを感じました。

手術から1ヵ月余り、経過は良好でしたが、再び言葉が出づらくなる等の症状が現れ、水頭症と診断されました。リハビリテーションも放射線治療も中断して、脳室・腹腔シャント術を受けました。その後は普通に会話が出来るようになり、リハビリテーションも再開、放射線の治療も継続されました。

その間2度の抗ガン剤投与を受けるなど、できる限りのことをして頂いたことを実感しました。

こうして退院して、今は定期的に検査や診察を受け、処方して頂いた抗ガン剤を飲みながら、週1回リハビリテーション治療をしています。家の近くの公園を散歩したり、家の中で今流行はやりのゲームを楽しんでいます。ゆっくりですがパソコンを使って日記をつけて「読み、書き」の機能回復に努力をしています。最近はストックを使って歩く「ノルディック・ウォーク」も始めました。

入院した頃はとても今日のこの日を想像することができませんでした。最先端の治療を受けられたのは幸運なことだと思っております。

柴田先生をはじめ脳神経外科の先生方には言葉では言い尽くせないほどお世話になりました。また、放射線治療でお世話になった先生やスタッフの皆さん、リハビリテーションの先生方、看護師の皆さんに深く感謝しております。

(以上御本人様・奥様の承諾をいただいて掲載いたしました。)

 
■ 木所三郎さま(52歳)
   頚動脈狭窄症、ステント治療

私はカテーテルステント治療法で元気になりました。
平成20年3月26日(水)の午後2時過ぎの出来事でした。

庭先を歩いていたら、なぜか右足が急に動かなくなり歩くことがやっとになってしまいました。
そして右手も同じく動かなくなり・・・これでは半身がだめになってしまうかもと頭を過ぎりました。必死に歩いて(10m位の距離)家に戻りいすに座りました。
5〜6分後でしょうが、なんと普通に戻ったのです。それでも心配なのですぐ、常総市のきぬ医師会病院に連絡をしていきました。ラッキーなことに院長先生、脳外科医の中川先生が検査をしてくださいまして右の頚動脈が糸のように狭くなっているため、筑波大学附属病院の鈴木謙介先生のもとで良く検査をしてもらったほうが良いと、紹介状を書いてくださいました。

早速、その足で筑波大学附属病院に行き、午後六時には入院の手続きを終えました。検査の結果は《一過性虚血発作》とのこと。何度も発作を繰り返していると、脳梗塞となり体が利かなくなることがある、と言われました。その後も色々と検査をして2通りの方法を説明されました。血管の99%が詰まっているのでひとつは手術、もうひとつあステント治療です。両方の良いところ、悪いところを分かりやすい言葉で説明してくださり、家族の質問に対しても親身になって答えてくださいました。私の場合、新しい治療法であるステント治療のほうが安全ということでした。

その結果、私は家族とも相談して先生方を信頼しカテーテルステント治療法を選びました。ステント治療というのは、血管の中から風船、金具を使って広げる方法です。

4月15日午前9時よりステント治療を始めました。2時間足らずで鈴木先生から'成功'ですよ、と言葉を頂き感謝の気持ちでいっぱいでした。過還流症候群という病態となり、数日間の安静が必要でしたが、4月26日元気に退院しました。

現在は、以前と同じように生活しています。鈴木先生、大須賀先生をはじめ、看護師の皆様、わがままだった患者の私に親切に接してくださり、いろいろと学ばせていただいたことに感謝しております。

  • 早期発見に気がつく(年に1〜2回は検査する)
  • 担当医(私は、鈴木先生・大須賀先生)と自分が納得するまで相談する
    (その結果、私はステント治療を知る)。
  • 今後は、きちんとした生活習慣で健康管理を自分から進んで行う
    (運動も大切!)

患者様の声03など、教えていただき心からお礼申し上げます。筑波大学附属病院の鈴木先生、大須賀先生に出会えたことは私の宝です。全国の同じような病の皆様にも、ステント治療を知ってほしいと願っています。
(以上御本人の承諾をいただいて掲載いたしました。)


 
■ H.K.さま(52歳)
   聴神経腫瘍、正常圧水頭症

 昨年(2006年)の7月中旬から歩行障害の徴候が表れはじめたものの、いずれ治るであろうと軽く考えて放置していました。しかし、一向に回復の兆しが見られないため10月になって2,3の専門家を受診したところ、MRI検査によって脳腫瘍の一種である聴神経腫瘍と水頭症(脳室に過剰な髄液が溜まる病気)という2つの病名を診断されました。水頭症は聴神経腫瘍に伴うもので、腫瘍から分泌された蛋白によって髄液の排出が阻害されて発症したとのことでした。この頃になると、水頭症が悪化して階段の上り下りができないほどの歩行障害に悩まされていました。今までに聞いたこともなく、また治療が厄介そうな2つの病気の存在は大変な驚きでしたが、一方で治療に繋がる歩行障害の原因がわかり、ほっとしたことを思い出します。
  11月中旬に検査入院した結果、先ず聴神経腫瘍の摘出を行うことに決まりました。これは、@腫瘍はいずれ摘出しなければならなくなる可能性が高い、A腫瘍が小さいうちに摘出した方が合併症(顔面神経や聴神経の損傷に伴う顔面麻痺、難聴など)の恐れが小さい、B腫瘍の摘出によって水頭症が自然治癒する可能性がある、ことなどを勘案して判断しました。合併症もなく、腫瘍の摘出術は成功裏に終了しました。
  その後退院し、水頭症の経過を観察していましたが、約3ヶ月が過ぎても回復せず自然治癒の可能性が低くなったことに加え、歩行障害などによって日常生活に多大な支障をきたしていたため、脳室―腹腔シャントと呼ばれる手術を受けました。その結果、数ヵ月後には日常生活にほとんど支障がない状態まで回復しました。今では数年前からはじめた筑波山登山もできるまでに回復し、大変嬉しく感じているところです。


■ 大野郡司さま
   内頚動脈狭窄症、腰椎脊柱管狭窄症

 左目の視力低下で困っていたので、平成19年1月に近所の先生に紹介状を書いていただき、筑波大学附属病院の眼科を受診しました。すぐに入院させていただき、視力もだいぶ良くなりました。視力低下の原因は網膜中心動脈閉塞症のためで、それは内頚動脈の狭窄によるものと言われ脳神経外科の鈴木謙介先生の診察を受けました。脳血流やMRI、最後に脳血管造影の検査を受けました。脳血管造影検査は入院して受けましたが、そのときに「何か他に困っていることはありますか?」と質問され、腰痛のことをお話しました。実は眼科を退院した後ぐらいから、腰から下肢の裏側が痛くなり(坐骨神経痛)、自宅の近くの病院で神経ブロックやリハビリを受けましたがよくならず、ついには10メートルも歩くことができなくなっていたのです。
脳血管造影とともに、腰椎の検査もしていただき、腰椎脊柱管狭窄症との診断を受けました。2つの病気がわかってしまい落胆しましたが、順番に一つずつ治して行きましょうと励ましていただき、がんばって治療しようと思いました。
まず、脳梗塞の原因となる左内頚動脈狭窄症の手術を4月17日に受けました。摘出した内膜を見せていただきましたが、その大きさに驚き、これは放っておいたら早晩脳梗塞になったであろうと思いました。順調に快復してすぐに退院できました。先生と相談し、5月27日に腰椎の手術を受けました。腰の骨を削り、圧迫された神経を元に戻す手術です。こちらも順調に経過してすぐに退院となりました。

1ヶ月後には朝夕1キロメートルの歩行が可能となり、リハビリを兼ねて近くの駅まで歩く練習をしました。少しずつ距離を延ばすように努力し、7月には杖も不要となり何キロでも歩けるようになりました。気がつけば足のしびれも感じなくなり、少し歩くのにも冷や汗をかいていたことがうそのようです。本当にありがとうございました。
今回、眼科の水島先生、高橋先生、脳外科の鈴木先生、山崎先生に出会えたことは本当に幸運でした。また、10年以上も前ですが、心臓のバイパス手術を執刀いただいた循環器外科の榊原先生にも本当に感謝しております。筑波大学附属病院に入院して驚いたことは、茨城県内にとどまらず全国から多くの患者さんが先生方をたよって病気と闘っていることです。私はこのように元気になりましたが、病気と闘っておられる皆さんが一日も早く良くなって退院されることを心からお祈りしております。

(以上御本人の承諾をいただいて掲載いたしました)



 

 

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