ご挨拶
筑波大学医学医療系
産科婦人科学 教授
吉川裕之
産婦人科は、女性のライフサイクルと密接に関係のある診療科です。日本女性のライフサイクルは、ほんの数十年間に、大きな変化を遂げています。初経が早くなり、晩婚化し、子供の生みはじめが遅くなり、生み終わるのは早くなっています。また閉経後の人生も昔に比べずっと長くなりました。晩婚化、少子化は、子宮内膜症、子宮体癌、卵巣癌などの増加をもたらし、周産期医療でも、経産婦と初産婦の比率が変化し、帝王切開などの分娩の取り扱いにも影響が出ています。また、避妊を要する期間も長くなっています。また、平均寿命が延びたことにより、閉経後の女性はその後の人生について、健康に生きるための対策が必要になってきました。いずれにしても、女性のライフサイクルの変化は産婦人科医療にも大きな影響を与えており、期待される医療も変化しつつあります。
産婦人科は、生殖医療(不妊症治療)、婦人科がん治療、周産期医療、一般婦人科治療に分けて、医療を行っていますが、扱う臓器は同じであり、この4者を統合的に見る目が必要なことがしばしばあります。
産婦人科全体で最も革命的変化のあったのが、不妊症治療(生殖医療)であり、特に体外受精は、かつて妊娠が困難であった不妊症をかなり克服してきたといえます。また、腹腔鏡下手術や子宮鏡下手術は、不妊症や生殖に関係の深い疾患の治療の浸襲を軽減し、入院期間も短縮しました。たとえば、排卵障害のある多嚢胞性卵巣は、以前は開腹して楔状切除をしていましたが、現在は腹腔鏡下卵巣被膜焼灼術で同じ効果が得られます。子宮形態異常の一つである子宮中隔も、子宮鏡下に治療できるようになっています。
体外受精により、1万人以上の出生があり、全出生の約1%を占めるようになり、特別な治療ではなくなっています。体外受精には、新鮮胚を使うもの、凍結胚を使うものに加え、顕微授精があります。また、治療困難な男性不妊も顕微下に精子や精子細胞を胚の細胞質に注入することにより、かなり治療が進むようになったといえます。ただし、筑波大学では、人員の関係で、現在のところ、新鮮胚による体外受精、凍結胚による体外受精、顕微授精は行っていません。
生殖医学の将来展望としては、第1には、生殖補助技術の進歩とともに、現在、妊娠を阻む要因となっている子宮内膜症、着床不全を解決すること、第2には、生殖補助医療の影の部分への対策、すなわち、早産児の増加にも繋がり、NICU(新生児集中治療)のベッド不足を全国で引き起こす原因にもなっている多胎妊娠への対策、また卵巣腫大、腹水・胸水貯留などを来し、心不全や塞栓症発生の危険のある病態である卵巣過剰刺激症候群への対策が重要です。第3には、倫理の確立と社会の合意が必要です。日本では公認されていない減数手術、非配偶者間体外受精などの問題も解決しなければなりません。
婦人科がん(主に子宮頸がん、子宮体がん、卵巣がん)治療の最近の進歩は、まず、手術範囲の適正化があり、卵巣癌および子宮体癌治療では、拡大により治療成績の向上する一方、初期癌での縮小、中でも若年者には妊孕性温存が進み、高齢者に多い外陰癌手術では、個別化、縮小化が進んでいます。癌化学療法も標準化が進んでいます。また、CINの管理も適正化し、治療を行う場合でもレーザー蒸散など簡便な外来治療を行うようになってきました。EBM(根拠に基いた医療)を積極的に取り入れ、Clinical trial(臨床試験)も次第に積極的に行うようになってまいりました。また、卵巣癌や子宮体癌の一部に存在する家族性・遺伝性腫瘍への対応も進めております。
婦人科がん治療の将来展望は、他科のがん治療と多くは共通するものですが、標準治療と先端的治療を区別した対応を徹底させることや、新たな治療の開発は婦人科がんでも必要です。また、現在、中心的な治療である手術、化学療法、放射線も、対象の選択や方法を、現在より個別化・適正化してゆく努力がいっそう必要になると考えています。また、そのような治療で発生する有害事象(副作用や合併症)を予防する努力もしております。
周産期医療の最近の進歩としては、まず、子宮外妊娠を破裂前に診断することによって、ショック例、死亡例が激減しています。胎児の健康状態の評価は、胎児心拍数モニタリングとパルスドップラーでの血流波形測定を含む超音波診断とによって、胎児の状態をかなり把握できるようになってきました。これらはハイリスク妊娠で、適切な分娩時期の選定などに役立っています。出生前診断としては、羊水以外に絨毛での染色体や遺伝子の検査、胎児採血、先天性形態異常の超音波診断が使われており、超音波による出生前診断により、胎児治療としてのシャントの設置などで治療できるものが多くあり、有意義といえます。また、習慣流産、妊娠中毒症の中には、抗リン脂質抗体陽性が関与しているものがあり、アスピリンやヘパリンが有効とされています。
周産期医療の将来展望としては、まず、低出生体重児において、神経学的後遺症を残さない生存をめざすことですが、産科医の役割としては、いかに早産を予防するかが最も大きな課題です。また、出生前診断としての遺伝子診断には、着床前診断や母体血中の胎児細胞を用いるものが開発されつつありますが、倫理的問題の解決、社会的合意が課題です。
一般婦人科学の進歩としては、骨盤腹膜炎や卵管不妊の原因となるクラミジア感染の診断・治療が改善されつつあります。また、子宮脱などの脱疾患とそれに合併しやすい腹圧性尿失禁を泌尿器科の助けで、同時治療されるようにもなりました。さらに、生殖とは関係のない世代の良性腫瘍性疾患にも腹腔鏡下手術や子宮鏡下手術を積極的に導入しております。また、ヘルスケアーとしては、低用量ピル、乳癌検診への参加に加えて、中高年女性へのホルモン補充療法をはじめとするプライマリーケアーが一分野を形成しつつあります。筑波大学産婦人科では、人員の関係で、現在のところ、乳癌検診を行う体制はとれていません。
女性に起こるさまざまな病気だけでなく、思春期、性成熟期、更年期、閉経後におこる女性の生理的な問題、健康管理について対処していける体制を整えてゆきたいと考えております。