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筑波大学

大学院生募集Recruitment

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修了生によるショートエッセイ

ヒューマン・ケア科学で学ぶこと 
玉井紀子(2012年度博士修了)
(「ヒューマン・ケア科学専攻への招待」より抜粋)

 私は、対人援助の現場に心理の立場から10数年関わった後、筑波大学大学院のヒューマン・ケア科学という研究の場に足を踏み入れました。自分がこれまで現場でやってきたことを、少し距離をとって眺めてみる、整理する、新たな方向性を探る、動機としては様々なものがあったように思います。現場と一口に言っても、医療、教育、福祉、司法・矯正など、いずれも少しずつ関わってきた私にとっては、どこを自分の足場にするのかを決めるいい機会でもありました。

 福祉現場である児童養護施設での心理職としての経験は、虐待から生じる子どもの行動や、それを取り巻く環境への関心へと結びつきました。現在、児童養護施設の入所児童の半数以上が被虐待児だと言われています。施設という集団生活にあって、成育歴の影響や施設自体の環境から、行動化や精神症状を呈する子どもたちも増え、「保護」をするという従来の目的だけでは、対応が難しくなっています。

 そんな中で児童養護施設での心理職の役割とは何かを考えたとき、心理療法によって「治療をする」という限定されたものではなく、子どもたちの日常生活いかに支え、どのような形で子どもの成長や養育に関わって行くか、そして社会に出た後の生活を見据えた包括的な対人援助アプローチの必要性を感じるようになりました。

 更には、他職種の方たちとのチーム援助や連携など、対象となる子どもやその家族の抱えている課題が複雑になればなる程、多くのマンパワーが求められるとすれば、一体どのようなケア体制が望ましいのか?なぜ、ケアが上手く行っていないのか?その現場に1つの視点やささやかな援助の一端として、心理の立場から関わりを持つということは何か?など多くの疑問や悩みが生じ、とにかく“?”だらけの中にいたように思います。

 研究室で研究を進めること、大学院で学ぶことで、それらの全ての“?”が解けた訳でも、明確な答えが浮かび上がった訳でもありません。むしろ、他分野の先生方の講義や研究ゼミでのディスカッション、研究仲間との交流を通して様々な領域からの多様な視点、現在の動向を知ることで、こんな研究領域があったのか、その課題は自分が関わっている現場や研究ではどうなっているのだろうかなど、“?”は増えたのかもしれません。

 しかし、これらの多くの“?”について考え、探り続けることの意味深さや、そのこと自体がとても貴重で贅沢な体験であることを感じています。それらの多様性から、考える視野の広がりが生まれ、これまでに積み上げられてきた研究の方法論と客観的データが示す証拠たちによって裏付けされていく現象の可能性を推察し、別の新たな角度からの検討材料を見出していくことは、歯痒いながらも気持ちの充実感を味わうことに繋がっていると思います。

 現在、私は児童養護施設で生活し、退所していく子どものための、社会に自立をすることを念頭においたケア(リービングケア)について研究をしています。児童養護施設で生活職員として働く人たちや、以前に児童養護施設で生活した経験のある人たちを対象として、先行研究や現場での経験で得た知識をもとに質問紙調査を行い、退所に向けたケアの実践内容や、ニーズ、施設や行政の体制などにも目を向けて検討しています。現場での実践においては、施設を出た後に、援助が途切れてしまわないように、アフターケアとしての対応も含めて自活生活へ向けた様々な取り組みが行われています。しかし、これまでの研究では、海外も含め、ケア制度の下で生活していた人のその後の生活は必ずしも順調であるとは言い難いことが示されており、日本では実証研究が殆ど行われていないのが現状です。

 児童養護施設での生活を経験した人たちのその後の生活や心理的側面にもアプローチしつつ、家族と離れて暮らすことになった子どもたちが直面している課題を示し、児童養護施設が何を提供できるのか、必要な制度や施設の体制は何か、現場へ研究から還元できることを探っています。まだ自分の研究領域が途上にあることを意識しつつ、日々バタバタした児童養護施設という現場の可能性を信じつつ、研究と実践に格闘している最中です。

 私が所属するゼミには、他分野の方も出席しています。お互いに重なりあった研究領域について意見交換したり、研究に対象者として協力することもあります。社会人としてフルで仕事を持っている方も多く、時間の使い方にはとても憂慮しますが、様々なヒューマンケアに関わる人たちが行き来し、その利点を活かしながら学ぶことができる場だと思っています。