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筑波大学 医学医療系 環境生物学研究室
環境生物学研究室

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筑波大学医学医療系 
環境生物学研究室
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研究内容

異なる環境中親電子物質の複合曝露(エクスポソーム)で生じる
レドックスシグナル伝達変動および毒性発現とそれを制御する活性イオウ分子

 研究の動機で述べたように、私達の身の回りには構造の異なる複数の環境中親電子物質が存在します。これらは生体内に取り込まれ、タンパク質のシステイン残基のような求核置換基と共有結合して付加体を形成します。このようなタンパク質付加体の形成は組織傷害という悪玉的側面が強調されてきました。その一方で、ニトロ化脂肪酸、8-ニトロ-cGMP、プロスタグランジンJ2、4-ヒドロキシ-2-ノネナールのような種々の内因性親電子物質の存在、Keap1/Nrf2経路を介した親電子応答配列の活性化の発見は、生体が親電子物質に対する感知・応答システムを有することを示唆しています。ヒトのゲノム中には214,000個のシステイン残基が存在しますが、その80-90%はSH基、S-S結合あるいは亜鉛等の配位子に利用されている一方で、残りの10-20%は脱プロトン化したチオレートイオンとして存在することが示唆されています(図1)。また、定常レベルにおいて、分子内にチオレートイオンを有するセンサータンパク質とそれにより負に制御されているキナーゼや転写因子のような応答分子からなるレドックスシグナルが複数存在することも報告されています(図1)

 

 当研究室がこれまで得た研究成果を概説します。我々は「生体にはこれまで知られていない環境中親電子物質に対する優れた感知・応答能が存在し、その主役が求核高分子(レドックスシグナルに関わるセンサータンパク質)および求核低分子(GSHより低いpKa値を有し、環境中親電子物質と容易に反応する活性イオウ分子)ではないかと想定しました(図1)。その結果、環境中親電子物質の個別曝露を行い、低用量時では当該物質がセンサータンパク質のチオレートイオンと特異的に共有結合し、センサータンパク質の活性が阻害され、結果的に応答分子が活性化し、細胞生存(PTEN/Aktシグナル)、細胞増殖(PTP1B/EGFRシグナル)、細胞内タンパク質の品質管理(HSP90/HSF1シグナル)、親電子物質の解毒・排泄に関わる下流遺伝群の転写誘導(Keap1/Nrf2経路)が亢進することを明らかにしました(図2)。また、当該物質の高用量曝露では、環境中親電子物質によって細胞内タンパク質は非特異的に化学修飾され、細胞毒性が生じることも示しました(図2)。もう一つの発見は、cystathionine g-lyase (CSE)やmitochondrial cysteinyl-tRNA synthetase (CARS2)等から産生されるシステインパースルフィド(CysSSH)や、その分子内サルフェン硫黄(6つの価電子からなる0価のS原子で、他のS原子に可逆的に結合する)の転移で生じるグルタチオンパースルフィド(GSSH)およびそれぞれのポリスルフィド、硫化水素(H2S)のような活性イオウ分子(Reactive Sulfur Species, RSS)が環境中親電子物質を捕獲・不活性化して、それぞれのイオウ付加体を形成することを見出したことです(図2)。その結果、環境中親電子物質曝露で生じるレドックスシグナル伝達の変動および毒性の閾値は高くなることも分かりました(図2)。その詳細は基盤研究(S)「環境中親電子物質によるシグナル伝達変動とその制御に関する包括的研究」(2013-2017年度)をご覧ください。


 ところで研究の動機で言及したように、私達は個々の生活環境ライフスタイル食生活に応じて異なる用量および複数の環境中親電子物質に複合的に曝露されていることが考えられます(図3)。2005年に国際ガン研究機関(International Agency for Research on Cancer, IARC)の所長であるChristopher Wildはヒトの生涯における環境曝露の総体として「エクスポソーム(exposome)」という魅力ある概念を提案しました。エクスポソームは一般的外的要因、特殊外的要因および内的要因に分類されますが、その曝露量や曝露時間の違いが健康、未病あるいは病気に関わることが考えられます。我々はエクスポソーム研究の中で高い反応性を有する親電子物質が“priority components”として認識されていることや、特殊外的要因の中で、化学物質、汚染物質、食事および生活習慣因子に異なる構造の環境中親電子物質が含有されていることに着目し、日常的な生活を鑑みた環境中親電子物質の複合曝露(エクスポソーム)について2018年度から研究を開始しました(図3)。我々は異なる親電子物質に複合曝露すると、それぞれの当該物質がセンサータンパク質のチオレートイオンに共有結合して、結果的に個別曝露より低用量で応答分子を活性化するのではないかと予想しています。言い換えれば、複合曝露では感知・応答能の閾値が低くなることに応じて、毒性に関しても個別曝露より低い用量で発現することを示唆しています。したがって、本研究は複合曝露研究の必要性という環境リスクの再考に繋がります。その詳細は基盤研究(S)「環境中親電子物質エクスポソームとそれを制御する活性イオウ分子」(2018-2022年度)をご覧ください。


 医薬品、化学物質等の異物は細胞内のチトクロムP450(CYP)のような第1相異物代謝酵素群により酸化されます(フェーズI反応)。一般にその酸化(多くは水酸化)は母化合物の活性低下に繋がりますが、非意図的に親電子代謝物になることも知られています。上述したように、親電子代謝物はタンパク質のシステイン残基に共有結合して組織傷害の原因になることが報告されていますが(代謝活性化)、その防御に関わるのがGSH転移酵素(GST)やUDP-グルクロン転移酵素(UGT)のような極性低分子の抱合反応に関与する第2相異物代謝酵素群です(フェーズII反応)。生成した極性代謝物は多剤耐性タンパク質(MRP)のような極性基を認識するトランスポーターで細胞外へ排泄されます(フェーズIII反応)。以上のフェーズI〜III反応は異物代謝分野のドグマとして認識されています(図4)
 一方、我々は2011年にメチル水銀(MeHg)を曝露したラット肝臓およびSH-SY5Y細胞から新代謝物として(MeHg)2Sを同定しました。本イオウ付加体はMeHgに比べて低い毒性を呈することがSH-SY5Y細胞およびマウスで確認され、その生成には活性イオウ分子(Reactive Sulfur Species, RSS)が関与することが分かりました。RSSによるイオウ付加体形成はMeHgのみならず、1,2-ナフトキノン(1,2-NQ)、1,4-NQ、カドミウムおよびアセトアミノフェンの親電子代謝物であるNAPQIのイオウ付加体も見出しました。特に1,4-NQおよびカドミウムについては、それぞれのイオウ付加体では母化合物曝露で生じるレドックスシグナル変動および毒性は殆ど観察されませんでした。一連の研究成果は、従前から知られていた親電子物質のGSH付加体やグルクロン酸抱合体とは異なる、RSSの捕獲・不活性化を介した新たな解毒システムと言えるでしょう。
 ところで、CSEノックアウト(CSE-KO)およびCSE高発現マウス(CSE-Tg)、さらにはポリスルフィド曝露実験等から示唆されたことは、CSE-KOに起因する臓器中RSS量の顕著な低下はMeHg、カドミウムや1,4-NQのような環境中親電子物質に対する感受性増大に繋がります。興味深い事は、野生型およびCSE-Tgの臓器中パースルフィド量は殆ど変わらないのに対して、CSE-Tgの血漿中パースルフィド量は野生型のそれより著しく高いことです。本現象は、マウス初代肝細胞やポリスルフィド処置した培養細胞でも同様です。このことは、細胞内で余剰に産生されたCysSSHのようなパースルフィドは未同定のトランスポーターを介して細胞外に排泄され、環境中親電子物質を細胞内に侵入する前に捕獲・不活性化する可能性を示唆しています。我々はこれを「フェーズゼロ反応」と命名し、当該トランスポーターの同定とその機能メカニズムを含めて研究を行なっています。
 さて、次なる疑問は「生じた環境中親電子物質のイオウ付加体はどのようなプロセスを経て体外に排泄されるか」です。上述したとおり、MeHgは細胞内でCSEやCARS2から産生されるCysSSHが起点となり、本分子のサルフェン硫黄の転移によりGSSH、それぞれのポリスルフィドや硫化水素(H2S)等のRSSと反応して (MeHg)2Sが生成します(図4)。しかしその一方で、本イオウ付加体が細胞内に取り込まれる前に、細胞外に放出されたCysSSH(RSS)あるいはサルフェン硫黄結合タンパク質との反応で生成することを証明できれば、フェーズゼロ反応の存在に繋がると存じます(図4)。それに対して、細胞内で産生された(MeHg)2S はMeHgより脂溶性は高いために、何らかの方法で極性化して細胞外へ排泄することが考えられます。細胞内(外)での(MeHg)2Sの生体内運命については、基盤研究(S)「環境中親電子物質エクスポソームとそれを制御する活性イオウ分子」(2018-2022年度)をご覧ください。