基礎医学分野では、ヒトの正常と病態の解明を目指して、生命活動を支える分子の働きから、個体の発生、複雑な脳の機能、感染性生物と防御反応、免疫とアレルギー、がんなどについて、世界をリードする研究が多数行われています。
●遺伝子の発現調節
ヒトゲノムの解読が完了し、ゲノムの多様性とヒトの個性や病気になりやすい体質との関係に関する解析が始まりました。また、個々の遺伝子のスイッチのオン・オフ、いわゆる転写調節機構の解析も大変注目されています。筑波大学には、遺伝子の転写調節に関する優れた研究の蓄積があります。転写因子やクロマチン構造に関する研究が幅広く行われており、ウイルスの複製や増殖、がん細胞での転写因子の役割、血球の発生・分化、薬物・毒物に対する応答に関する研究などが活発に行われています。
転写因子はゲノム内の決まった配列に結合して作用します。転写因子の結合を調べるフットプリント法(フットプリントとは足跡の意味)で、ゲノムDNA と転写因子を混合して解析すると、転写因子の結合している場所が足跡のように白くなり、転写因子が決まった場所に結合しているのが分かります。

●遺伝子改変動物
筑波大学の基礎医学研究のもうひとつの特徴は、遺伝子改変動物を用いた研究が大変盛んだということです。さまざまな生体内分子の機能や最近注目されている幹細胞の研究についても、生きた動物の体内でその機能を調べることが重要視されています。さらにはさまざまな病気のモデル動物を作製し、個体全体の中で正常と病態を理解していこうとする気運が高く維持されています
血管内皮特異的Smad2, Smad3 ダブルノックアウトマウスの表現型:血管内皮細胞だけで特異的にSmad2 とSmad3 の遺伝子を破壊すると脳や背部に出血を伴って胎生期に死亡します。この実験によって、Smad2 とSmad3 を介するシグナルは血管が成熟し正常に働くのに必要であることが示されました。

●脳科学研究
筑波大学では、解剖学、生理学、生化学の各分野から神経科学に取り組んでいる研究グループがあり、神経回路の形成過程や運動の制御、睡眠・覚醒の調節をはじめとする脳高次機能に関する研究など、さまざまな角度から脳の研究が行なわれています。
現代の細胞生物学の技術では、動物個体の臓器や組織を構成する様々な細胞を取り出してシャーレで培養することが可能となり、また、細胞内に存在する蛋白質や分子を容易に可視化することができます。マウスの脳から神経細胞をり出してシャーレで培養すると、軸索や樹状突起と呼ばれる長い突起を伸ばして、標的の神経細胞とシナプスを形成します(写真左:緑色の斑点は神経細胞内のシナプトタグミンI蛋白質を可視化したシナプス部位です)。神経細胞の興奮(脱分極)に伴って神経伝達物質が放出され、これを標的の神経細胞が受け取ることにより神経伝達が行われます。神経細胞の脱分極時にのみ、シナプス部位では特殊な分子(写真右の赤色はリン脂質のPIP2 を可視化したもの)が産生され、神経活動に重要な役割を果たすことが見出されています。このような研究は、学習や記憶など、脳高次機能の分子メカニズムを理解するうえで大変重要です。

●がん研究
がんの研究もさかんです。転写の調節因子や細胞内のシグナル伝達分子の異常による発がんに関する研究や分子生物学をがんの診断に応用する研究などが行なわれています。


がんの特質の一つは『先祖帰り』です。胎児の組織で特徴的に発現する遺伝子ががん組織に発現することがあり、こられの胎児性蛋白はがん診断のマーカーになるだけでなく、治療のターゲットにもなりうる蛋白です。左はブタの5週令の胎児組織で、胎児の初期に特徴的に高発現する蛋白の一つであるDkk3 の免疫染色像です。胎児組織に観察される髄外造血細胞に混じて存在する胎児の幼弱肝細胞に陽性です。右はヒト肝芽腫組織でこの胎児性蛋白は腫瘍細胞でも発現している事がわかります。
