「宇宙酔い発症における前庭系の関与について」  


肥塚 泉(聖マリアンナ大・耳鼻咽喉科)



これまでに宇宙に行った数多くの宇宙飛行士達が、宇宙酔いに罹患した経験を有すと言われている (1,2)。宇宙酔いは動揺病の一種であり、悪心、嘔吐、顔面蒼白、冷汗などのいわゆる自律神経症状が症状の主体となる (3,4)。宇宙酔いに罹患すると作業効率が極度に低下し、その結果当然のごとく、その後のミッションに悪影響を与える。宇宙酔いの発症には、微少重力環境下において生じる平衡系の変化が大きな役割を果たしている。今回は宇宙酔い発症における平衡系の関与について述べる。
平衡系の受容器は前庭器(vestibulum)と呼ばれる。前庭器は側頭骨の中に存在し、蝸牛と共に、硬い骨壁により保護されている。前庭器は回転角加速度の受容器である三半規管(semicircular canals)と直線加速度の感覚受容器である耳石器(otolith organs)より構成される。三半規管は前、後、水平(外側)の3つの半規管から構成されている。水平半規管は、頭部の水平面(yaw)における運動により生じる回転各加速度を感受している。前半規管と後半規管はこれと垂直方向(rollおよびpitch)の回転角加速度を感受している。耳石器には卵形嚢と球形嚢の2種類があり、卵形嚢は頭部の主に左右方向、球形嚢は上下および前後方向の直線加速度を感受している。これら5種類、左右計10個の受容器が頭部の動き、地面に対する傾きを感受し、この情報を前庭神経核、Nucleus Prepositus Hypoglossi (NPH)等で構成される神経積分器(neural integrator)の1つであるVelocity Storage Mechanism (VSM)に送っている(5)。このVSMには前庭器よりの情報以外に、視覚情報、体性感覚情報等も入力しており、これらの情報が統合処理されることにより空間における自己の位置の把握が行われている (6)。地上では頭部の運動により、ほぼ例外なく耳石器と三半規管の両者が刺激を受けるが、宇宙空間では無重力の状態になるために、直線加速度の受容器である耳石器系からの情報が欠落する。一方三半規管が感受している角加速度情報は無重力下でも存続する。この状態を耳石系と三半規管との間の感覚混乱と呼ぶ (7)。無重力下ではこの耳石系と三半規管との間の感覚混乱に加えて、視覚情報や体性感覚情報の減少に伴う混乱も加味され、地上で生じる感覚混乱よりもさらに複雑な感覚混乱を生じる。この混乱の過程において動揺病、すなわち宇宙酔いが生じると言われている(8,9,10)。
我々は、宇宙酔いの発症に深く関わっている耳石系の評価を行うことを目的に偏中心性回転検査(Eccentric VOR)(11)、偏垂直軸回転検査(Off-Vertical Axis Rotation)(12)、直線加速度負荷(Linear Acceleration)を行っている。これらの検査法の概要、またこれらを用いて行った半規管−眼反射系(Semicircular-Ocular Reflex)と耳石−眼反射(Otolith-Ocular Reflex)とのinteractionの検討の結果(13)について紹介を行う。これらの結果をもとに宇宙酔い発症の機序およびその予防法について考察を加える。

<参考文献>
1)Daunton NG: Sensory-motor rearrangement and motion sickness; Is there evidence for their relationship? Sensory-motor functions under weightlessness and motion sickness. Mitarai G, Igarashi M (eds), pp 139-149, The University of Nagoya Press, Nagoya, 1985.
2)Igarashi M, Kobayashi K: Space motion sickness and space vestibulology. J Occup Environ Health 7 (suppl): 228-236, 1985.
3)Tayler DB, Bard P: Motion sickness. Physiol Rev 29: 311-369, 1949.
4)Money KE: Motion sickness. Physiol Rev 50: 1-39, 1970.
5)Raphan T, Matsuo V, Cohen B: Velocity storage in the vestibulo-ocular reflex arc (VOR). Exp Brain Res 35: 229-248, 1979.
6)Luxon LM: The anatomy and physiology of the vestibular system. Vertigo. Dix MR, Hood J (eds), pp 1-36, John Wiley and Sons, New York, 1984.
7)Igarashi M, Himi T, Kulecz WB, et al: Role of otolith endorgans in the genesis of vestibular-visual conflict sickness (pitch) in the squirrel monkey. Aviat Space Environ Med 58: A207-A211, 1987.
8)Benson AJ: Motion sickness. Vertigo. Dix MR, Hood J (eds), pp 391-426, John Wiley and Sons, New York, 1984.
9)Reason JT, Brand JJ: Motion sickness. Academic press, London, 1975.
10)Stott JRR: Mechanism and treatment of motion illness. Nausea and vomiting: Mechanism and treatment. Davis CJ, Lake-Baker GV, Graham- Smith DG (eds), pp 110-129, Springer-Verlag, Heidelberg, 1986.
11)Koizuka I, Takeda N, Sato S, et al: Nystagmus response in normal subjects during eccentric sinusoidal rotation. Acta Otolaryngol(Stockh) suppl 501: 34-37, 1993.
12)Koizuka I, Schor RH, Furman JM: Influence of otolith organs semicircular canals, and neck afferents on post-rotatory nystagmus. J Vest Res 6: 319-329, 1996.
13)Koizuka I, Furman JM, Mendoza JC: Plasticity of response to off-vertical axis rotation. Acta Otolaryngol(Stockh) in press

戻る