「脳波によるヒトの感情測定」


吉田倫幸 (生命工学工業技術研究所・人間情報部・生理情報研究室)


心理現象の客観的定量化を目指して心理現象に随伴する生理反応を計測対象の1つとして扱うのが心理生理学である。これは心理過程の脳内機構を探るアプローチとは異なり、情動・感情など主観的な体験を客観化する手段として生理反応を利用する立場のアプローチである。筆者らのアプローチもこれに属する。
日常、我々は様々な快・不快感情を主観的に体験しているが、感情の喚起は客観的に観察可能な行動や生理反応の表出を随伴することが多い。そこで、筆者らは感情の1つとして「気分」を採り上げ、快な気分・不快な気分を脳波活動を通して客観的に捉える試みに挑戦している。
人間の脳波は頭皮上に現われる50μV前後の時々刻々の電位変化を時間経過の下に捉えたものであるが、この電位変化にはリズム性が見られる。安静閉眼時にはα波と呼ばれる10Hz近傍のリズム波が顕著に観察される。筆者らはこのα波の周期性に注目し、その変動パタン(周波数ゆらぎ)と「気分や覚醒感」の変化との間に特徴的な対応が見られることを実験的に確認してきた。
α波のリズムの抽出にあたっては零交差法という方法を用いる。この方法はα波の瞬時周期(あるいは瞬時周波数)を逐次計測するために用いる方法で、基線を基準に個々のα波の電位が一定方向(例えば負から正)によぎる時間間隔を計測するものである。抽出されたα波の瞬時周期の時系列データをもとに、FFT(高速フーリェ変換)等を用いてα波の周波数ゆらぎのスペクトルを算出する。スペクトルの周波数とパワー量を対数変換した後、低周波数領域(約1Hz以下)におけるパワー量の推移に、周波数を独立変数、パワー量を従属変数として回帰直線を当てはめ、得られた傾き係数によって周波数ゆらぎ特性を代表させる。その係数と気分に関する心理評定結果を対応させて、快・不快感情を推定する。
これまで複数の実験から総数1500 近いデータを収集したが、気分が良いとスペクトルの傾きは大きくなり、悪いと0に近いことがわかった。また、頭皮上8部位(左右の前頭部・中心部・頭頂部・後頭部)の脳波のゆらぎ測定の結果、安静時は主として前頭部・中心部に係わる因子と、後頭部に係わる因子に、課題時は安静時の因子に加え、第3の因子として頭頂部を中心とした因子に分類されることもわかった。
現在、これらの知見に基づいてニューラルネットを利用した簡易型快・不快度判定器の研究開発を進めている。
参考文献
1)吉田倫幸:脳波のゆらぎ計測と快適評価、日本音響学会誌、46、11(1990)
2)吉田倫幸:脳波の周波数ゆらぎ計測、FRAGRANCE JOURNAL 10月号(1992)

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