令和2年度

コロナ禍に思う

 

筑波大学医学群長 田中 誠

 

新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的な大流行)は、この先もしかしたら何十年も付き合わざるを得ない「日常風景」となるのかもしれません。一時期は、「コロナが終わったら何々がしたい」といった無邪気な声も聞かれましたが、「コロナありきの社会」へと制度設計や心構えを持ち直さなければならなくなりました。また、緊急事態宣言が発令され、感染者数や感染のリスクなど様々な医学的情報がメディアによって拡散されるなか、私たちは外出する際はマスクをする、他人との距離を保つ、帰宅したら手洗いやうがいを徹底する、などの新たな生活習慣が身に付きつつあります。

また、コロナ禍は教育の世界にも深い爪痕を残しました。本学では今年は入学式を行うことは出来ませんでした。卒業式も一部の学生しか参加できず、ご父兄の出席は叶いませんでした。例年は学位記授与式の後、臨床講堂前でクラブの後輩たちに見送られる卒業生たちの晴れやかな姿やご父兄と写真撮影する姿を見かけるのですが、今年は3密を避ける意味で全て禁止とされました。新入生たちは新学期を迎えても大学のキャンパスに入校することすら出来ず、自宅待機を要請されています。新しい友人たちとの出会い、新たな大学生活に心躍らせる日々がいつ訪れるかも分からない不安な状況が続いています。所謂、講義形式の授業は全てオンライン化され、教員も学生も慣れないシステムを駆使し、文字通り悪戦苦闘が続いています。首都圏から全国に広がった緊急事態宣言により人の移動や経済活動が極端に制限され、感染防御の観点から対面で食事することすら憚られる状況の中、教育の現場から実習や実験は一時的になくなりました。医学教育では、互いに体躯を提供し合って診察法を学んだり、ロールプレイを介して医療面接の技法を習得していた教育技法が崩壊しました。そうした逆境の中、アイディアを駆使して教育の質をできるだけ保ち、何とか社会から許容される範囲で知識や技能の伝授・教授を可能にするよう、教員たちはオンライン授業の内容を工夫しています。普段使用することのなかったオンライン会議ソフトの使い方を急いで学び、少人数の学生とのチュートリアル(少人数の学生グループに対し1名の教員が付いて、ディスカッションを中心とした課題解決型の教育を行う)やクルズス(臨床教育の中で少人数の学生を対象にした講義形式のもの)を行ったり、試問を行ったりしています。また、臨床の現場や手技中心の実習については新たに動画を撮影し学生に公開したり、YouTubeから目的に合った動画を探してきたりしています。試行錯誤を繰り返し、学生から教育効果のフィードバックを受ける中、新たな発見やこれまでの常識を見直させられることもしばしばです。はたして講義では、学生を一堂に会する必要性が本当にあるのか?むしろ、いつでも、何度でも、繰り返し視聴し受講できるオンライン講義の方が教育効果が高いのではないか?などと自問自答しています。

では、解剖学の実習はどうでしょうか?近年、解剖学ソフトを駆使し、コンピューター画面上3次元で人体構造が描出される優れた教材が開発され、効率よく解剖が学べるようになりました。私たちは解剖実習においてもオンライン化、遠隔教育を目指すべきなのでしょうか?私は40年前に解剖学実習を行いましたが、それは6年間の医学教育の中で、文字通り最も鮮明な記憶として残っています。ご遺体に初めて接したときは締めつけられ、震えるような緊張感を覚えました。次第に、ご遺体に対する畏敬の念と医療従事者になるのだという自覚が少しずつ、確実に芽生えてきました。大学生から医学生へと心の変革を迎えました。全ての医学生が人として、医療従事者として成長し、文字通り一皮むけるのが肉眼解剖学実習です。大学教育でどれほどオンライン化が進もうとも、解剖実習の価値は時代を超えて不変です。筑波大学白菊会の皆様には、引き続き医学教育へのご理解とご支援を賜りたく、ご協力をお願い申し上げます。