「アルツハイマー病とβ蛋白−β蛋白前駆体点突然変異のβ蛋白生成に対する影響−」


玉岡 晃 (筑波大・臨床医学系・神経内科)

 アルツハイマー病(Alzheimer disease ;AD)脳の特徴的病理所見の一つは、脳血管や老人斑に沈着するアミロイドであるが、これは主に分子量4kDaのβ蛋白から構成されている。β蛋白前駆体(β-amyloid precursor protein : APP)は、蛋白レベルでは110ー135kDaの分子種として同定され、正常代謝状態では、β蛋白部分のN末端から16番目のLys残基付近で切断され、それよりN末側の soluble form (sAPP)が分泌されると考えられてきた。従って、生理的にはβ蛋白の沈着は生じる可能性が低い。一方、APPの代謝には、s APPを分泌する secretion pathway 以外に、ライソゾームで分解処理される lysosomal pathway が存在することが報告され、更に、thiol proteinase inhibitor であるロイペプチンで処理した培養細胞のライソゾーム画分にはβ蛋白を含むβAPPのC末端フラグメントが増加することが見出された。また、脳や脳血管(1)にもβ蛋白を含むと考えられるβAPPのフラグメントが同定されてきた。従って、AD脳では細胞のライソゾーム画分でβAPPの代謝に変化が生じ、β蛋白を含むβAPPのフラグメント、あるいはβ蛋白そのものが増加し、β蛋白の生成・沈着をきたすのではないか、という作業仮説が成り立つ。我々は、この仮説を検証するために、ヒト脳のライソゾーム画分を精製し、AD脳のライソゾーム画分において、β蛋白を含むと考えられるβAPPのフラグメントが、コントロール脳に比べて増加していることを確認した。また、ライソゾームの酵素が細胞外に放出され、老人斑で認められることも報告されており、ADの発症機序においてライソゾームが重要な役割を果たしていることが、示唆されている。
 以上のような、β蛋白がAPPの abnormal processing によって生じるという仮説の再検討を余儀なくさせる事実が、最近見いだされた。β蛋白が正常の代謝状態でも生成され、血漿や髄液などに soluble form として存在することが明らかにされたのである。即ち、生理的な状況下で soluble form として存在するβ蛋白が、ADでは、insoluble となり、重合して脳内に沈着することになる。従って、ADにおいて、どのようにしてβ蛋白の重合が生じるかが重要となってくる。また、合成ペプチドを用いた重合実験により、C末端の長いβ蛋白(β蛋白1-42/43)は短いもの(β蛋白1-40や1-39)より高度に重合しやすく、アミロイド線維形成時の核となることが示され、β蛋白1-42/43が注目を集めており、これらを識別する断端特異的な抗体も開発された(2)。
我々は、こうした抗体を用いたELISA やマススペクトロメトリーにより、孤発性のADやAPP717 のVal が Ile に変異した早期発症・常染色体性優性遺伝の家族性アルツハイマー病( familial Alzheimer's disease; FAD)脳より精製したβ蛋白分子種の解析を行なった。FAD脳と孤発性のAD脳とでは、β蛋白の分子種は基本的には同様であったが、FAD脳ではC末端の長いβ蛋白1-42/43の割合が増加していた。このことは、同様なAPPの変異を発現させた培養細胞の上清中のβ蛋白においても確認できた。β蛋白1-42/43はβ蛋白1-40より重合しやすいことより、このことがFADの発症機序に関与している可能性がある。即ち、APP717の変異(Val-Ile)はβ蛋白1-42/43の割合は多様であったが、β蛋白の総量の少ないものではβ蛋白1-42/43の割合が高く、多くなればなるほど、β蛋白1-40の割合が高くなる傾向が認められた。この事実も、β蛋白1-42/43がアミロイド線維形成時の核となり、β蛋白1-40がその周囲に重合し、アミロイド線維が増生していく、という"nucleation-dependent mechanism of the βamyloid deposition"(3)を支持している。
 参考文献
1.Tamaoka A.et al: Identification of a stable fragment of the Alzheimer amyloid precursor containing the β-protein
in brain microvessels. Proc.Natl.Acad.Sci.USA 89:1345-1349,1992.
2.Suzuki N. et al: An increased percentage of long amyloid βprotein secreted by familial amyloid βprotein precursor (βAPP717) mutants. Science 264:1336-1340,1994.
3.Jarrett J.T. and Lansbury, Jr.P.T.: Seeding "one-dimensional crystallization" of amyloid: a pathogenic mechanism in Alzheimer's disease and scrapie? Cell 73:1055-1058,1993.

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