「アルツハイマー病治療薬を意図した新規中枢作用型acetylcholinesterase 阻害剤の薬理作用」ト


山西 嘉晴 (エーザイ・筑波研究所)


 アルツハイマー病(AD)の原因は不明であり、未だに有効な薬剤はなく、治療薬の早急な出現が要望されている。コリン仮説に基づいて、コリン系を賦活する薬剤によるADの治療が試みられてきた。その臨床結果は必ずしも満足できるものではないが、Cholinesterase(ChE) 阻害剤 physostigmine(PHY)、tetrahydroaminoacridine(THA) が軽症のAD患者の学習、記憶障害をある程度改善することが報告されている。一方、これらの薬剤には幾つかの欠点がある。PHY は作用持続が短く、臨床有効幅が狭く、且つ末梢性コリン系副作用が強い等の問題点が多い。また、THA は副作用として肝毒性を好発している。従って、これらの欠点をなくしたChE 阻害剤の出現が切望された。またTHA は昨年米国においてアルツハイマー病治療薬として承認されたことにより、世界的にChE 阻害剤の研究開発に一層拍車をかける結果となった。
 我々は1984年より新規のChE 阻害剤の研究に着手した。N-benzylpiperidine を導入するとin vitro のacetycholinesterase(AChE) 阻害活性が飛躍的に強くなることを見いだした。これら一連のピペリジン誘導体は従来のChE 阻害剤とは化学構造が全く異なった新規構造であった。しかしながら、in vivo での脳内AChE 阻害作用は明瞭ではなかった。生体内利用率の改善と脳内移行性の向上が次の大きな課題であった。多くの合成化合物群の中から、インダノン骨格を有するE2020(1-benzyl-4[(5、6-dimethoxy-1-indanon)
-2-yl]methylpiperidine hydrochloride) を選出した。
E2020がin vitro で、Butyrylcholinesterase に対しほとんど作用せずAChE に対し選択的で、且つ極めて強い阻害作用(IC50:5.7nM) を示し、またその阻害は可逆的であった。In vivo においては末梢のChE に対する影響は弱く、中枢のChE を強く阻害し、作用持続も長かった。また、E2020は正常ラットおよび中枢コリン系破壊ラットでの脳内ACh 含量増加作用、さらにmicrodialysis 法によるラット大脳皮質中細胞外のACh 増加作用も認められた。行動薬理学的検討においても、アルツハイマー病モデル(cholinergic hypofunction models )に対して、強力でしかも長時間にわたり有効であった。更に、本化合物は安全性に優れ、良好な生体内利用率と脳内移行を示すことを見いだした。これらの作用プロファイルは従来のChE 阻害剤のもつ欠点を改善した新しいタイプの中枢作用型AChE 阻害薬であることを示唆しており、アルツハイマー病治療薬として十分期待できるものと考えられる。
 今回は、新規AChE 阻害剤の探索研究の経緯とE2020の薬理学的特性、さらに最近得られたCADD を用いた酵素との相互作用についても触れる予定である。

戻る