「一酸化窒素(NO): 脊髄内での分布と働き」


斎藤 重行 (筑波大・臨床医学系・麻酔科)


 一酸化窒素(NO)は、大気汚染物質として知られていた。最近、生体内で様々な信号伝達物質として重要な役割を果たしていることが判明されるにつれ、数多くの研究がこのガスについてなされるようになった。NOは、L-arginineから一酸化窒素合成酵素(NOS)の働きでL-citrullineとともに産生され、血管内皮細胞由来の血管拡張物質(EDRF)、マクロファージの殺菌作用のみならず、神経組織において神経伝達物質として働いていることが明らかになっている。神経においては、グルタメートなどの刺激によって、Ca++, calmodulin, NADPH, hem, flavin, biopterin の存在下にNOSが活性化され、NOが産生される。NOは、guanylyl cyclaseを活性化し、cGMPを産生し様々な神経伝達、伝達抑制に働いているものと考えられている。またその性質から、神経細胞毒性にも重要な働きを果たしている可能性が指摘されている。
 脳内では、NOS含有細胞は、大脳皮質下、小脳などに存在するが、その働きは明確にはなっているとはいえない。対して、脊髄におけるNOSを含む神経細胞の存在は、その生理学的な機能と一致しており、NOの役割を説明できるのではないかと思われる。
ラット脊髄のNOS含有細胞を、酵素免疫法および組織化学法を用いて染色し測定した。主な分布は、脊髄後角、中心管領域および交感神経、副交感神経節前核であり、運動神経核には見られなかった。髄腔内にNO阻害薬(L-NAME) を投与した場合にグルタメートを介する疼痛を軽減したとの報告もあり、疼痛伝達に重要な働きを演じているものと考えられる。
 また、脳脊髄血流量調節にNOがいかに関わっているかを自己調節能と炭酸ガスによる脳脊髄血流調節について測定した。ビーグル犬において、NO阻害薬(L-NAME) の全身投与下に脳脊髄血流量を測定し、NOが基礎血流の15-20%に関与しているが、自己調節能には影響は見られなかった。高炭酸ガス血状態ではその血流増加の程度は減少したが、血管反応性には変化が見られなかった。この2点からNOは、脳脊髄血流量調節に大きな影響を持っているとはいえないと推察されるが、動物種により報告は様々であり、今後の研究でより明らかになるものと考えられる。
References
D.S. Bredt & S.H.Snyder, Neuron 8:8-11,1992
S.Saito et al. Neuroscience 59:447-56,1994

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