「プリズム適応 〜運動学習の1つのモデル〜」


北澤 茂(電総研・脳機能研究室)



 プリズムによって視野を平行にずらすと視覚目標に向かって手を伸ばす運動(Reaching運動)に、初めは誤差を生ずるが、試行とともに回復する(プリズム適応)。その後、プリズムをはずしてReaching運動を行うと今度は逆方向に誤差を生ずる(図1)。このプリズム適応は、心理学の分野では主として視覚あるいは体性感覚の「知覚」の変化として説明され、「運動」の学習である可能性はほとんど無視されてきた。しかし、われわれが最近得た結果は、プリズム適応がむしろ「運動学習」であることを示している。
 主な結果は次の3点である。
1)ある速度の運動で適応した効果は、違う速度の運動には限られた効果しか持たない。
2)右手で適応した効果は左手には無効である。
3)運動終了直後50msec以内の誤差に関する視覚情報が特に重要である。
 これらの結果はこのプリズム適応が運動指令(あるいは運動のダイナミクス)の出力に近い部分で生じていること、さらに運動指令の時間パターンと戻ってくる誤差信号の時間的に緊密な相互作用を通じて進行すること、を示唆している。
 次の目標はこの「運動学習」が脳のどこでどのように生じているのかを解明することである。サルを用いた最近の実験結果について最後に報告する。

参考文献
Kitazawa S., Kohno T., Uka T. (1995) J. Neurosci. 15:7644.



 図1 プリズム適応の模式図
 視覚目標に対してプリズムなしの状態では正確に手を伸ばすことができる(左)。プリズムで視野をずらすと初めは虚像に手を伸ばしてしまう(中央)が、試行を繰り返すと目標に手を伸ばすよう適応する。その後プリズムをはずすと、今度は視野をずらした方向とは反対向きの誤差を生じる(右)。

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