「ドーパミンD2受容体遺伝子変異と精神分裂病」


有波忠雄 (筑波大学・基礎医・遺伝医学)


 精神分裂病は思春期以降に発症する種々の経過をたどる原因不明の疾患である。精神分裂病の発症に 遺伝的要因が多少とも関与していることが示唆されているので、分子遺伝学の成果が精神分裂病の解明 に役立つことが期待されてきた。精神分裂病の最も有力な仮説がドーパミン機能過剰仮説であり、なか でもD2受容体は多くの抗精神病薬の作用部位であることから、D2受容体遺伝子は分裂病の候補遺伝 子と考えられてきた。1989年にD2受容体遺伝子の構造が報告されて以来、分裂病患者を対象としたD2受容体遺伝子の「変異探し」が欧米でなされてきたが、D2受容体の構造に変化を起こす遺伝子変異 は報告されていなかった。
 我々は東京医科歯科大学神経精神医学教室との共同研究で、日本人の患者を対象としてD2受容体遺 伝子を解析した結果、変異型D2受容体、D2(Ser311モCys311)、を見つけた。ここはD2受容体の 第3細胞内ループのほぼ中央に位置すると推定される部位である。つぎに、この変異と精神分裂病との 関連を知るために、ケース・コントロールスタディを精神分裂病患者156名とコントロール300名を対象 として行なった。その結果、コントロールの3.7%、精神分裂病患者の9.0%に Cys311型D2受容体が見 られ、Cys311型D2受容体は精神分裂病患者に有意に多く見つかった。さらに、Cys311型のホモ接合体が精神分裂病患者の3人に見られた。コントロールでのCys311型のホモ接合体の人の推定頻度が約3000人に一人であることを考慮にいれると、Cys311型のホモ接合の状態は精神分裂病罹患の危険性を高めることが示唆された。また、Cys311型を持つ患者は発症年令が若く、家族歴を持つものが多かった。さらに、臨床的にも特徴が見られるようで、妄想型が多く、陰性症状、思考障害が乏しく、抗精神病薬によく反応する、比較的予後の良いタイプが多かった。これらの結果は、Cys311型D2受容体が あるタイプの精神分裂病と関連していることを示唆している。

参考文献
1. M.Itokawa, T.Arinami, N.Futamura, H.Hamaguchi and M.Toru (1993) A structural polymorphism of
human dopamione D2 receptor, D2(Ser311モCys). Biochem Ciophys Res Comm 196, 1369-1375
2. T.Arinami, M.Itokawa, H.Enguchi, H.Tagaya, S.Yano, H.Shimizu, H.Hamaguchi and M.Toru.(1994)
Association of dopamine D2 receptor molecular variant with schizophrenia. Lancet (in press),

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