最近ホットな論文の紹介



日付:2010年11月27日
タイトル:Pannexin1 channels mediate 'find-me' signal release and membrane permeability during apoptosis
著者:Chekeni FB, et al.
雑誌・巻号:Nature, 467, 863 - 867 (October 14, 2010)

アポトーシスで死んでいく細胞は、自らの死体をマクロファージに見つけてもらうために、“find-me”シグナルを発する。これはATPもしくはUTPであることは既知の事実であった。しかし、死にゆく細胞内からどのようにしてこれらの“find-me”シグナルが放出されるのか、そのメカニズムは明らかではなかった。

本論文では、ATPやUTPが細胞膜チャネルであるpannexin-1を介して細胞外に放出されることを示した。細胞にアポトーシスシグナルが入ると、細胞死プロテアーゼのcaspase群が活性化され、これらがpannexin-1を切断することによりチャネル活性を上昇させるらしい。 非常にnovelな発見であるが、pannexin-1により放出されたATPが“find-me”シグナルとして機能していることの直接の証明がなかったことが惜しまれる(実験は困難であると思われるが…)。

ATPは生体内の様々な場面で情報伝達物質として機能することが知られている。このメカニズムが様々なATP放出においてどれだけgeneralなメカニズムなのかの解明が期待される。


紹介者:長谷川 潤



日付:2009年11月28日
タイトル:Intra-axonal patterning: Intrinsic compartmentalization of the axonal membrane in Drosophila neurons
著者:Katsuki T, Ailani D, Hiramoto M, Hiromi Y
雑誌・巻号:Neuron, 64, 188 - 199 (October 29, 2009)

交連神経は身体の左右の情報を伝える重要な神経である。したがって交連神経の軸索は、脊髄を横断し、細胞体とは反対側へと投射する。現在までの研究により、交連神経軸索では、正中線交叉前と交叉後で蛋白質発現パターンが異なることが報告されてきた。この軸索上の蛋白質発現パターンの違いには、脊髄の正中線上に発現するslitと軸索上に存在するRoboの相互作用(すなわち、外部環境からのシグナル)が重要な役割を担うと考えられてきた。

今回の論文では、このような軸索上の蛋白質局在の違いに、軸索が内在的に持つ性質が重要な働きをしていることを示した。著者らは、初代培養のショウジョウバエ交叉神経細胞を用い、外界環境がなくても軸索の細胞体近傍と先端付近では蛋白質の発現パターンが異なることを見出した。そして、発現が異なる境界部には蛋白質の拡散を防ぐためのバリアーが存在することを明らかにした。

細胞体と軸索の間に存在するバリアー(initial axon segment)の存在は以前より分かっていたが、軸索内でのバリアー(intra-axonal segment)の存在は初めての報告である。神経軸索というのは単なる長いチューブではなく、もっと細かいセグメントに分かれている竹の筒のようなものなのかも知れない。


紹介者:長谷川 潤



日付:2009年10月13日
タイトル:A genetically encoded photoactivatable Rac controls the motility of living cells
著者:Wu Y, Frey D, Lungu OI, Jaehrig A, Schlichting I, Kuhlman B, Hahn KM
雑誌・巻号:Nature, 461, 104 - 108 (September 3, 2009)

あるタンパク質の活性を、細胞内の任意の場所で、任意のタイミングで調節できたら、、、とは、細胞生物学の研究者なら誰でも一度は考えると思う。

今回の論文では、燕麦の光受容体であるphototropin1の一部を、低分子量G蛋白質Rac1に融合させることにより、Rac1の活性を光で調節することを可能にしたものである。Phototropin1のlight oxygen voltage (LOV) 領域は、暗闇では高次構造を形成するので、Rac1がeffectorに結合するのを阻害するが、458 nmの光を当てることにより高次構造が解消され、Rac1がeffectorと結合するようになる。筆者らはこのシステムを用いて、局所的なRac1の活性化が、細胞の移動方向を決定することやRhoA低分子量G蛋白質の活性を抑制することを示した。

タンパク質の活性は、多くの場合、細胞全体で均一に調節されているのではなく、細胞内での局所的な調節が重要であると考えられている。今回開発されたシステムが、他の蛋白質にも応用可能であれば、細胞生物学の有用なツールの一つになると考えられる。


紹介者:長谷川 潤



日付:2009年6月11日
タイトル:ICIS and Aurora B coregulate the microtubule depolymerase Kif2a
著者:Knowlton AL, Vorozhko VV, Lan W, Gorbsky GJ, Todd P
雑誌・巻号:Current Biology, 19, 758 - 763 (May 12, 2009)

Kinesin は有糸分裂時の紡錘体において、紡錘体の形、大きさなどを決定する重要な役割をすることが知られているが、特異的制御をするものはあまり知られていない。本論文では、アフリカツメガエルの細胞を用い、ICIS が Aurora B により脱重合活性を抑制された Kif2a (Kinesin superfamily 2a) に反応し、脱重合活性を回復させることを示した。Aurora B は Kinesin-13 ファミリー(Kif2a、MCAK など)の neck region をリン酸化し、脱重合活性を抑制することが知られている。また、ICIS 蛋白質の構造を解析したところ ICIS のN末に Aurora B とその制御因子である INCENP、TD60 が結合していること、中央領域に Kif2a、MCAK、そして微小管が結合していることが分かった。このことから、ICIS が Kif2a や MCAK の足場蛋白質であることが示唆された。

本論文の成果が今後大きく発展し、微小管脱重合メカニズムの解明につながることを期待したい。


紹介者:桑原 裕二


日付:2009年5月23日
タイトル:Temporally precise in vivo control of intracellular signaling
著者:Airan RD, Thompson KR, Fenno LE, Bernstein H, Deisseroth, K
雑誌・巻号:Nature 458, 1025-1029 (April 23, 2009)

Stanford大学のDeisserothグループは以前より、光を用いて人工的に神経細胞を活性化する手法の開発を行ってきている。余談だが、このグループは2009年1月から5月までの5ヵ月間にNatureを2本、Scienceを2本、Nat Neurosciを1本publishしているとんでもないグループである。。。

 今回の論文では、G蛋白質共役型受容体α1、β2アドレナリン受容体(AR)の細胞内領域(それぞれGq、Gsを活性化する)をopsin(光受容体)に融合させた変異受容体を作製した。これらの受容体opto-α1AR、opto-β2ARは光刺激によって、それぞれ細胞内カルシウム、cAMP調節することができる。著者らはこれらの受容体を生体マウスの側座核に発現させ、光刺激を行うことによって当該領域の神経活動を調節し、それによる行動の変化を観察した。その結果、側座核がマウス脳内の快楽中枢であることを示すことができた。

 本研究により、受容体からの細胞内情報伝達を、マウス個体内で光刺激により調節することができるようになった。次の課題は、細胞内情報伝達を直接、人工的に操作する手法だと思われる。

紹介者:長谷川 潤



日付:2009年5月19日
タイトル:The mechano-activated K+ channels TRAAK and TREK-1 control
     both warm and cold perception

著者:Noel J, Zimmermann K, Busserolles J, Deval E, Alloui A, Diochot S, Guy N,
       Borsotto M, Reeh P, Eschalier A, Lazdunski M
雑誌・巻号:The EMBO Journal, 28, 1308 - 1318 (May 06, 2009)

TRAAKとTREK-1は静止電位を調節するカリウムチャネルとして知られている。本論文ではTRAAKとTREK-1の高温、低温の感知への関与を示した。

TRAAK-/-、TREK -/-‐TRAAK-/-マウスでは、高温に対してWTに比べ痛覚過敏となり、TREK -/-‐TRAAK-/-マウスでは、低温に対しWTに比べ神経過敏となった。

このことから、TRAAKとTREKチャネルは単独あるいは一緒に活性化し、温度感受性のコントロールに重要な機能であることが示された。TRAAKとTREK-1は、TRPV1 、TRPM8、TRPA1などの温度感受性興奮性チャネルの、サイレンサーとして機能していることが示唆される。

今後、アレルギー薬の研究などにこの発見が繋がると、筆者らは言っている。


紹介者:古屋 もも子



日付:2009年4月23日
タイトル:Distinct Role of Long 3’ UTR BDNF mRNA in Spine Morphology and
         Synaptic Plasticity in Hippocampal Neurons

著者:Feng Y, Lu B, Xu B
雑誌・巻号:Cell, 134, 175-187 (July 11, 2008)

脳由来神経成長因子(BDNF)は神経細胞の発達や可塑性を調節する重要なホルモンの一つである。BDNF mRNAの3’ 非翻訳領域には長さが異なる2種類がある(ちなみに5’ 非翻訳領域はプロモーターが異なる6種類がある)。

本論文では長い3’ 非翻訳領域を持つmRNAが神経細胞の樹状突起に局在し、スパインの形成とシナプス可塑性を調節していることを示した。3’ 非翻訳領域が短いmRNAは細胞体に局在し、シナプス可塑性には関与していなかった。このように全く同じ配列の蛋白質をコードするmRNAであっても、局在の違いによって異なる生理機能を発揮できることが示された。

筆者らは、長い3’ 領域のみを欠失させたノックアウトマウスを作製し、初代培養細胞を用いたLTPやスパインの形態解析を行っている。遺伝子操作マウスを作っていながら、記憶の行動実験を行っていないのが残念である。


紹介者:長谷川 潤