教科書に書いていないこと

渋谷 彰

理化学研究所免疫アレルギー科学総合研究センター・免疫系受容体研究チーム

筑波大学基礎医学系免疫学

平成13年度に理化学研究所に免疫アレルギー科学総合研究センターが設立され、その中に免疫系受容体研究チームという名称で研究室を開設させて頂いております。本センターの概要およびその目的については、すでに前号の本ニュースレターにおいて谷口 克センター長が述べておられるところです。平成15年度内には理化学研究所横浜キャンパス内に新しく研究棟が完成される予定で、それまでの期間私の研究室は筑波研究所キャンパス内におかせてもらっています。私たちの研究チームに課せられたテーマは、免疫難病疾患克服を目指して未知の免疫システムの基本原理を明らかにすることです。特に私は従来から興味をもって研究を行ってきたNK細胞やマクロファージなど自然免疫を担う細胞の活性化制御機構を受容体とそのリガンドとの相互関係からアプローチし、獲得免疫系への連携の仕組みを明らかにしていきたいと思っております。本研究センターは現在世界的にも唯一の免疫アレルギー研究に焦点を絞った研究所であることから、内外から注目を浴び大きな成果が期待されており、私も大きなプレッシャーを感じております。しかし研究室メンバー一同さらにセンター全職員力を合わせて、精一杯努力していくつもりです。日本免疫学会の諸先生方のご指導、ご鞭撻をお願いする次第です。

私は北の大地とクラーク博士に憧れ、北海道大学医学部に入学しました。学生時代は基礎研究にはほとんど興味はなく、もっぱらテニスと漢方の勉強をして卒業させてもらいました。しかし臨床医としては一流になりたいと北海道を後にし、東京にある三井記念病院で研修医としてのスタートを切りました。実際、臨床の現場はエキサイテングで、やりがいもあり、自分が日々力がついていくこともわかり充実していました。しかし、難治疾患の前ではどのような臨床医でも無力であるということもわかってきた頃から、私には日々の仕事が業務と感じるようになってしまいました。結局内科医、および血液内科医として12年間を過ごした後、私は違う角度からの新たな目標を求めて免疫学研究の道に転向したことになります。しかし38歳を目前に控えていた時点でしたから、家族をはじめ、周囲の人たちは大変心配したようです。当時理化学研究所筑波ライフサイエンスセンターにおられた中内啓光先生(現東京大学医科学研究所)もその一人だったのですが、その一方で私の目を世界に向けさせてくれた人も中内先生でした。曰く、教科書に書いていないことを見つけたらすぐ世界でトップになれるよ、と。素人の私は、そうか、そんなものだとしたら、一発当ててやろうと、単純にもその気になってしまったのです。その後DNAX研究所(Lewis Lanier 博士)、岡山大学(中山睿一教授)、そしてまた筑波大学(中内啓光教授)と動いてすでに9年余り、それぞれの場所で敬愛できる指導者に恵まれ、物心ともにサポートを頂きながら、好きな研究をさせて頂くことができたことは何よりの幸運でした。

                幸いこれまで自然免疫応答に関与する教科書にない新しい分子であるDNAM-1(CD226)IgA/M(Fca/m)受容体、MAIR受容体分子群などを偶然にもまた周囲の援助も得て見つけることができ、報告してきました。どれもこれも私にとっては愛着のある我が子のようなものです。しかし最近私は、教科書に書いていないこと(もの)を見つけることと教科書に新しく載せることとの間には大きなギャップがあるという至極あたりまえのことに気がつきました。このギャップを埋め得るか否かは、第一にそのものの本質的な重要性に依っているわけですが、自然は簡単にはその本質をさらけ出してはくれません。我々は長く地道な努力を払うことによってしか、そのベールをはがすことができないのです。ひたすら自分の実験だけに没頭できたDNAX研究所での夢のようだった時代ですら、「人生は何もやらなければ長すぎる。しかし何かひとつでもやろうとすれば短すぎる」などという言葉を密かに作り、なかなか真理をついていると、一人悦に入りながら、自己嘲笑していたことを改めて思い出しています。しかし今は、一人ではできなくとも何人かで力をあわせれば一つのことは成し遂げられるはずだと思うようになりました。しかも新しい発見に一緒に興奮できる仲間がいれば、もっと楽しく喜びも深くなります。研究室のメンバーの力を結集し、そのギャップを埋め、ブレークスルーとなる免疫システムの基本原理を見つけたい、願わくばそれが日夜難病に呻吟する患者さんに還元できるようなものであればと切に願っています。改めて、諸先生方からのご指導をお願い申し上げる次第です。