最近考えること

 

筑波大学基礎医学系・免疫学

理化学研究所免疫アレルギー科学総合研究所・免疫系受容体研究チーム

 

渋谷 彰

 

              新年おめでとうございます。

              本特定領域班もいよいよ終わりに近づきましたが、この3年間大変お世話になりました。研究費はもとより、班員の先生方との直接的、間接的な交流を通して教えて頂いたことが最も貴重なものとして残っております。お金はなくなりますが、このようなものは貴重な財産として残ります(もちろん研究成果も残さないといけないのですが)。たとえば定期的に開かれた班会議は、私にとっては楽しみで、昨今の大きくなり過ぎた学会等では得られないものがありました。改めて班員の先生方にお礼を申し上げますとともに、この班の終了後も変わらぬ御指導をお願い申し上げます。

              私が臨床医から転向して免疫学研究をスタートしたのは、DNAX研究所に留学してからですから、まだ10年にもならない前でしょうか。私は大学院でのトレーニングも受けておりませんから、まさに留学中は初めてのPCRとか初めてのSDS-PAGEとか、やることなすこと、すべて新しいことばかりでした。時々自宅に帰ってから大学院生として免疫学のトレーニングを受けた経験のある家内に教えを乞うたものです。当時はこれらの技術を夢中で覚え、自分に与えられたプロジェクトを進めるのに精一杯で、免疫学の何たるかを理解するところまでは到底行きませんでした。免疫の基本的な概念をおぼろげながらも理解できるようになったのは、帰国後岡山大学で免疫学の講義をするため、必要に迫られて免疫の教科書を勉強するようになってからです。筑波大学に移ってからはさらに講義の担当時間も増え、それに比例して私の免疫学への理解も深まっていったような気がします。まさに人に教えることこそ、自分の勉強であるということを実感しています。いまだに教科書を読んでいて、今まで知らなかった免疫の基本的なことを初めて知り、へええ、そうだったのかと新鮮な気持ちで驚いている状態です。しかし何とか浅薄ながらも全体を見渡すことができるようになってきた現在、やっと免疫学研究の本当のスタートラインに立ったような気がしています。

              さて、この時点に立って改めて考えることは、どの方角に行けば何があるのだろうということです。これは誰も教えてくれませんし、もちろん教科書にも書いていないわけです。そもそも自分はいったいどこを目的地としたいのか、どのぐらいの欲求があるのかという内なるものに対する問いかけでもあります。科学は社会とのつながりなしにはあり得ないものでしょうが、研究をするという行為自体はきわめて個人的なもので、研究者一人一人の全人格をかけた営みであろうと思います。ひとつのプロジェクトを進める場合でも、そこには単に知識や技術だけではない、プラスアルファ(言葉としては表現しにくいもの)が絶対に必要であると大方の方は感じていることではないかと思います。こう考えてくると、研究には個人の持つ知識や技術、また興味などばかりでなく、これまで生きて背負ってきたあらゆるものが投影されるものではないかと思われます。少なくとも知識も技術もたいしてない私にとっては、そのあらゆるものを総動員しないことにはとても世界中の優れた研究者に太刀打ちできません。また逆に十人が十色の個性を充分に発揮するところに、独創性というものも芽生えてくるものだろうとも考えます。

              研究とは海図のない航海に向けて舟を漕ぎ出すようなものかもしれませんが、まず目指すべき方向をしっかり定めること、それには自らの内なる欲求に静かに耳を傾けることが重要で、これからもしばしば立ち停まってはこれを確認する作業が必要だろうと思っています。次には、どのような航路で、どのように進むかを考えること、それには泥臭くとも自分の持つありとあらゆるものを総動員させること、野球でいうならば球際に強くなり、這いつくばっても捕球することだろうと、最近改めて考えています。