TARAプロジェクト訪問インタビュー
                       (TARA News No.30 2005)



加香 それでは、今回のTARAセンタープロジェクト訪問インタビューは、TARAセンター分子発生制御研究アスペクトに所属されます渋谷彰先生にお越しいただいております。

 まず最初に、僣越ながら渋谷先生のご紹介をさせていただきます。

 渋谷先生は、現在、本学人間総合科学研究科の分子情報・生態統御医学専攻に所属され、平成16年度、昨年度より「自然免疫から獲得免疫への連携の分子メカニズムとその制御」という研究課題でTARAプロジェクトに採用されております。

 渋谷先生、今回お忙しい中、本インタビューのためにお時間をちょうだいいたしましてありがとうございます。本日は、先生のご研究やTARAセンターとのかかわりなどについてお話しいただきたいと存じます。

 それでは、まず最初に、先生のご研究の概略などをご紹介いただけますでしょうか。

 

渋谷  私は今、TARAプロジェクトに採用していただきまして、自然免疫と獲得免疫の連携の分子機構ということで研究をさせていただいておりますけれども、免疫反応と申しますのは、大きく分けて2つのジャンルに分けられると考えられておりまして、一つは自然免疫。

 例えば、病原体が体内に入り込んできたときにそれを排除しようとするのが基本的な免疫のシステムなわけですけれども、広い病原体にいわゆる特異性のない免疫反応といいますか、時間系列でいきますと、病原体が入り込んできて極めて速やかにそれに対して排除しようとする仕組みが自然免疫なんですね。

 もう一つ、特異免疫というのがあります。獲得免疫とも言いますけれども、この獲得免疫というのは、病原体に対して特異的に抗原を認識し、それを排除しようとする仕組みである。例えばTリンパ球とかBリンパ球とか、そういった免疫細胞が主に担っている働きなわけです。私が今注目しているのは、その最初の段階で免疫応答を起こす自然免疫に入るということです。

 自然免疫というのはどちらかというとこれまで余り注目されてこなくて、一般的に免疫というのはTリンパ球、Bリンパ球によって担われる獲得免疫機構だということで、分子生物学によって多くの研究者が研究してきたのはもっぱら獲得免疫のところなんです。自然免疫のほうはその意味では比較的注目されてこなかった領域ですし、研究がおくれてきたところだったろうと。簡単に分けますとそういった領域であるということですね。

 

加香  今のお話の中で、特に先生がご興味を持ってらっしゃるというのはTセル、Bセルという特異的なほうで、具体的には多分マクロファージとか、あるいはNK細胞とか、そういったところになると思うんですが、そういう細胞での部分は余り研究が進んでなかったけれども、実はこれが引き金にならないと後が動かないんじゃないかと。

 

渋谷  全くそのとおりです。

 

加香  そういうところに興味を持たれて研究をされている。となると、先生のご研究の中でのキーワードも、獲得免疫に対する自然免疫がメインのキーワードとしてあって、さらにその中でもフォーカスを絞っていくとすると、主にどのような細胞が中心になるんでしょうか。

 

渋谷  私は、もともとは実は興味を持って始めたのがNK細胞のところだったんですね。これはたまたまと申しますか、どちらかというとNK細胞は当時――私が研究を始めたのは十数年前ですけれども、人が余りやられていない領域だったものですから、競争の激しいところはよくないんじゃないかなということが一つありました。

 もう一方で、たまたま私の上司の先生がNKの細胞について研究をしていたということもあって、私も教えてもらいながら、そこで研究のスタートをしたというところが始まりだったわけです。

 そういったNK細胞の研究を始めているうちに、これは自然免疫という領域にあると。そういった中から、例えばマクロファージであったり、顆粒球であったり、場合によると樹状細胞とか、そういったような免疫細胞も基本的には獲得免疫の前段階で働いて、それらが作動して初めて獲得免疫というのが起きるんだということがわかってまいりましたものですから、そういった細胞を中心に研究をしていたわけですね。

 中でも、免疫細胞が抗原を認識するときにどういった分子機構で認識するのかということを中心的に研究の対象としてまいりまして、具体的に申しますと、そういった細胞群のレセプターですね、「免疫系の受容体」というふうな言い方をするんですけれども、そういった受容体の研究を始めたわけです。

 もちろん、細胞膜上に発現する受容体というのは無数に近いといいますか、かなりたくさんあるわけですけれども、そういった中で私どもは研究をするからにはオリジナルなものをしたいと。新しくそういった免疫系反応に重要なレセプターを発見しようということで、新しく発見した免疫受容体がどういうふうな免疫反応にどういうふうにかかわっているか、分子レベルで、あるいは細胞、場合によっては個体レベルで見ていきたいと。最終的にはこれが病気にどのようにかかわってくるか、あるいは病気の治療にどういうふうに応用できるんだろうといったことを目指してやってきたということです。

 

加香  今のお話の中で、自然免疫をつかさどる細胞群にレセプターが発現していて、その抗原を認識するために必要なものであると。一般的には、B細胞なりT細胞が、それぞれ例えば抗体であったりとか、T細胞列受容体を発現して抗原提示細胞に表現されてきたものを認識するというのが非常によく研究されていると思うのですが、恐らくそれより前の段階でもNK細胞等が、何を介してやっているかわからないけど、どうも例えばがんになりそうな細胞を認識したりとかいうこと、それが何を介しているかはわからなかったところに一つは先生のご興味があったということでしょうか。

 

渋谷  そうですね。

 

加香  なるほど。具体的にそういうレセプターというものは、細胞が、こいつは抗原だと認識すると、細胞内へいわゆるシグナル伝達というものを引き起こす。普通、一般的に言われているレセプターと同じように働くと考えてよろしいんですか。

 

渋谷  基本的には、レセプターが相手方の抗原あるいはリガンド、そういう結合するものと結合したときの免疫応答に至るまでの経路というのはさまざまなものが、パスウエー、経路があると思うんですね。それはその分子にそれぞれ特異的な経路ということになっていると思うんですけれども、考え方としては同じだろうと思うんです。

 B細胞レセプターあるいはT細胞レセプターがそれぞれ抗原を認識したときにいろんなパスウエーが知られていまして、最終的に核に至るまでのところの、そこら辺についても一つのパターンと申しますか、同じだと考えてよろしいと思います。

 

加香  わかりました。

 少し話が戻ってしまうんですけれども、この研究を始められたきっかけは、先ほど先生は、もともとやっている人が少ないから、あるいは上司の方が研究をやっていたということもありましたけれども、ご経歴を拝見したときに感じたんですが、先生はもともと臨床家として長年患者さんに対してこられてきたのに、なぜ研究の世界に飛び込まれるようになったのか、この辺は研究から少し離れる話になるかもしれないんですが、その辺のお話もお伺いしたいと思いますが、よろしゅうございますか。

 

渋谷  そこら辺の前からの話になります。いろんな話があるんですけれども、もともと私自身は子供のころから非常に体が弱かったみたいで、よく学校を休んで、うちの母に言わせますと、小学校に上がるぐらいまで生き延びられるかどうかとよく言われていた。生き延びられたら何とか生きるかもしれないというぐらいしょっちゅう病気をしていた。小学校に入ってからも何回か入院して学校を長期に休むとか、そういうふうな子供であったんですね。私自身、医者という世界は身近に感じながらずっと過ごしてきたものですから、医者になることに関しては比較的自分の中で、自分の根拠といいますか、そういったものはあったんだろうと思うんです。

 ですから、臨床医を目指して、そういった姿を私自身も想像していまして、大学に入りまして医学の勉強を始めてからもずっと臨床しか頭にはなかったんです。今こういった基礎研究をやっていること自体、自分で不思議だなと実は思っていまして、あれ、何でこんなことやっているんだろうなと、ときどき思うことがあるんですね。

 卒業しても、実はしばらく臨床をそのままやっていたんです。私は内科を専門としまして、その後、自分の専門領域ということで血液内科、血液学をやっていたわけです。私、生意気なのかもしれないんですけれども、臨床を経験してまいりまして4年か5年ぐらいたちますと、僕は何でも自分で臨床はできるなというような非常におごった考え方を持つようになりまして……。

 そこまで来る過程は非常におもしろいんですね。いろんな新しいことをどんどん覚えて身につけて、自分が日々ある意味で成長している、実力がついているなという、その過程はおもしろいんですね。ただ、ある程度になってしまうと、それから上に行くというのはなかなか本当は大変なんでしょうけれども、ある意味では停滞に感じられちゃうというところがあって、そこで研究というものがやっぱりどうしても、多くの臨床の先生方はそうだと思うんですね、何年かするとどうしても研究というものに対する興味がわいてきて……。

 一方でわかってくることは、今の医学の中で病気を治せるというのは実は余りないんだというか、基本的に患者さんが自分の体で自然に治っていくものを助けてあげるということが一番大きくて、医者が治らない病気を治せるかというと、それはなかなか難しいんですね。そこら辺のところはみんなある程度になってくると治らないものはどう頑張っても治らないということで、私自身も主治医として数百例の患者さんを看取ってまいりましたけれども、そういうある意味の自分の力のなさといいますか、あるいは医学というもの自体はそんなものだということがどうしてもわかってくる。そうすると、なおさら研究という世界をのぞいてみたいというふうになってくるわけですね。私もそういう形で研究の世界に入ったわけです。

 研究を始めてまいりますとこれがまた奥が深いといいますか、あるいは、研究を始めるとやっぱり相手は世界だということが論文一つ読んでもわかるわけで、そうなってくるとこれはまだまだやるところが大きいというか多いというか、そういうようなことが一方でだんだんと目覚めてくるといいますかね、しばらくはただ臨床の中で、臨床を中心に、時間のあるときに研究をしていたという時代が何年かあったんです。そういう中ではちょっとジレンマを感じたところがありましてね。どうしても患者さんが中心になってくるのは当然ですし、一方で、研究に興味がわいてきますと、自分の研究はしたいんだけれども患者さんが中心にならざるを得ない。いっそのこと臨床はとりあえずやめようということで、完全にやめたのが、実は私が37歳のときなんです。

 そこから基礎研究をスタートした。ですから、本当の意味のスタートから、まだ10年ちょっとぐらいしかたってないんですね。

 

加香  驚きです、今のお話を聞きまして。

 

渋谷  先生と同じぐらいかもしれません(笑)。

 それで、実は筑波大学で臨床医学系に所属していたんですけれども辞表を出しまして、裸一貫といいますか、ポスドクでアメリカに渡ったのが今から10年ちょっとぐらい前ですね。そこでNKの研究を始めて、幸い自然免疫に関する受容体の研究で幾つか新しいものを見つけることができて、今に続いているということですね。

 

加香  そうすると、私のように医者でもない人間がこういうことを言うのは非常におこがましいのですが、先生ご自身の臨床医としての経験上、実際に病気で苦しんでいる患者さんを前にしたときに医学のある意味での限界のような部分をお感じになられて、もちろん治すということも重要なんだけれど、治す前の段階としてどうしてこうなるのかという部分に興味をお持ちになられたのでしょうか。特に先生は今、免疫がご専門でいらっしゃるということは、もともと患者さんは自分で免疫、あるいは治癒能力があるのを、医者は結局手助けをするにすぎない。その手助けをするにしても余りにもわからないことが多過ぎて、そのためにやっぱり研究をしていかなければいけないんだというふうに先生はお考えになられ、アメリカへと旅立たれたわけですね。

 そこも、だけどすごい。恐らくお医者さんたちはみんなそうは思っても、それをスパッと自分であきらめて、それもアメリカにいきなりというのは本当にすごいなというふうに感じております。

 理学・農学出身の人間は、基礎的な興味が中心で、ただおもしろいから研究するという形なんですが、そこが先生のお話を伺ってきて、人間を対象にする以上、医学というものはどうしても臨床のための研究が必要であると感じられたんだなと、今お話を伺って感じました。

 

渋谷  ただ、若干補足させていただきますと、確かにそれは私自身も今も考えていることなんです。ところが、私自身も非常に不思議に思ったのは、すっぱりとにかくやめて、臨床の世界から離れたわけですね。それでアメリカに参りまして、ポスドクで研究のイロハから始めたときに、これはとてもおもしろいと思ったんです。

 

加香  やっぱりそっちの方が先なわけですね。

 

渋谷  いやいや、どちらが先かわからないんですけれども、ただ、今まではずうっと24時間、卒業して医者になってから絶えず患者さんがいたわけですね。その中で研究を細々と始めた時期はあったんです。ほとんど 100%臨床の時期もずうっと長かったんですけれども、そこから完全に離れて、やることは研究だけである、空いた時間は子供と遊べるとかそのぐらい。そうなったときに私自身は世界が全く違うように見えてきたんですね。それで一から、いろんなサイエンスのイロハを自分で学び始めたときに、サイエンスの世界というのはとてもおもしろいと思ったんです。

 実は私はその段階で、その後ずうっと基礎研究で一生やるかどうかという覚悟はなかったんです。

 

加香 そうなんですか。

 

渋谷 とりあえず、とにかく自分が今やりたいことをやったというだけの話で。決して私は計画的にいろんなことを進めている人間じゃなくて、その都度その都度、自分がおもしろいと思ったときに思ったことを選択してやってきただけの話。臨床だってある意味ではそうですよね。そのときにサイエンスの世界の喜びというものを本当にわかったといいますか味わったといいますか、あ、これだったらば少なくともしばらくは自分の全能力なり全人格をかけるに値する領域であるということが、そのとき僕は初めてわかった。

 だから、それからはとても楽しく過ごしてまいりました。臨床のときは臨床のときで充実していましたし、やりがいがあったんですけれども、どちらかというとそれからは楽しい毎日といいますか、ある意味もちろん苦しいところもありますよ、だけど総じて言えば私はいろいろ自分で楽しいことをやらせてもらって幸せだなということですね。もちろん人前では、あるいはお金をもらうとき、研究費をもらうときは「患者さんのため」と言いますけれども、本音を言えば、もっとそれよりも自分が楽しんでいるというところが先にありましてね。

 

加香  そういう意味では、先生はピュア・サイエンティストになってしまわれたのでしょうか。

 

渋谷  そうなんです。医学の研究といってもいろんな領域があって、本当にベーシックなところから臨床に近いところ、あるいは本当のトランスレーションになるところまでいろんなところがあるんですけれども、今私がやっていることはどちらかというとベーシックに近い。免疫学自身はもともと臨床に近い領域ではありますけれども、中でも、どちらかというとベースのほうにある領域をやっているんだろうなと自分は思っています。

 

加香  どちらかというと細胞生物学に近いような部分ですよね。

 

渋谷  そうですね。

 

加香  わかりました。

 ただ今のお話の中で、基礎研究をやろうと思えば国内でもできたと思うんですが、先程先生がおっしゃったように世界が相手だということも考えられて、アメリカのDNX研究所へ留学されました。向こうで先生は基礎研究のイロハから修得されたとのことでしたが、こちらに帰ってきて日本でまた先生が研究を始められたときに、アメリカと日本の研究環境や研究に対する考え方の違いということに関して感じられることがございましたらここでお話しいただきたいと思います。私自身のためにもぜひそれを参考にしたいと思いますので、よろしくお願いします。

 

渋谷  基本的なところはそんなにもちろん違わないと思うんですね。ある意味では日本のほうが例えばラボのいろんな機器類が充実しているとか、物も手に入りやすいなんていうところもありますし、基本的なところは多分違わないんでしょうけれども、ただ、いつも私思うのは、留学している時代もそうでしたし、たまたま学会等でアメリカ、海外に出ますよね、そういったときも思うのは、サイエンスに対する雰囲気が、向こうにいますととてもエキサイティングしてくるというところがありまして、日本に帰るとあのエキサイティングなムードはだんだんと影を潜めてくるみたいなところがあるのは何だろうなと、よく思うんですね。

 そこは僕もよくわからないところなんですが、一つは、例えば何か新しいこと、どんなささいなことでもいいんですけれどもそういうものに対して、それを認める雰囲気が向こうに物すごくあるのかもしれないなと。それに対してみんなが一緒にエキサイティングしてくれる。日本だと、なんか一人でやっていて、だれもそれに対して呼応してくれないというようなところがある。ああいうムードがあるとないのとでは、それぞれの研究者のドライビング・フォースといいますか、かなり違うのかなというのは精神的なものとして一つ感じるところはありますね。

 ですから、私なんかも今自分で研究室を持ってみて、いろんなスタッフやら学生やらが、どんなささいなことでも新しいこと、あるいは非常におもしろそうなことがあったらば大騒ぎしてあげたいなと、いつも思っているんです。それが本当かどうかはその次の問題ですからね。

 あともう一つ違いを感じるとすれば、ハードの問題よりソフトの問題、システムでしょうか。向こうは非常に合理的にいろんな研究体制が組まれているんじゃないかと感じられるんです。こちらは、物はあったり、お金もそこそこあったとしても、それがシステマティックにどうもなかなか動かないというところがあって……。もっと具体的に言うとなかなか難しいところはあるんですけれども、ですから、研究の進み方が1テンポ、2テンポ遅れちゃうようなところをどうもよく感じますよね。

 もちろん悪いところばっかりではないんですけれども、そこら辺の2点について若干感じたりしています。

 

加香  海外、特にアメリカの留学経験のある先生方は、たいていまさにいま先生がおっしゃったようなことをお話されます。いい点としては、最初に先生がおっしゃられましたけれども、ハード面、例えば機器とか、それから試薬にしても物が手に入りやすいというのは確かに日本での利点として挙げられる方もいらっしゃるんですが、おもしろいものを素直におもしろいと言える雰囲気が乏しいような気がするというお話も耳にします。日本では「ほんとかよ」みたいな、あるいは「それをやって何になるの?」というような雰囲気が、まず先に来るような気がするそうです。それに対して向こうは、純粋におもしろいと思えば、まさに先生のお話にありました、それが本当かどうかは次の問題としてということですね。

 それはやっぱり日本がこれから改めていかなきゃいけない部分だと思います。また、研究の進め方が遅れぎみになってしまうシステムの問題、これは多分事務的な部分のことも暗に指してらっしゃると思うんですけれども、確かにいろんなところで手間が多いような気がいたします。それも研究を前に進めるためだったら後のことはいいからというものができていけばいいかなというふうに私も常々考えております。

 でも本当にそういう部分って、日本の中にいるとこういうものだろうとしか思えないので、やっぱり海外に行ってやっていく経験というのは必要かなという感じもします。先生はいきなり研究を向こうで進められたので、それがもしかしたら普通だというふうに感じられて、日本に帰ってこられてそのギャップを非常に強く感じられているんじゃないかと思います。確かにそれは今後、日本の研究者だけではなくて、研究をオーガナイズする側が改善していかなきゃいけない問題かなと感じます。

 今幾つか、アメリカでのお仕事も含めて先生のご研究について大まかにお話ししていただきました。ただ、TARAセンターというところが、比較的産官学連携とか、社会還元等をその目的に置いておりますので、これもちょっとお約束の質問になってしまうんですが、例えば先生が現在進められている研究を社会に還元という観点から、先生の研究テーマの応用の可能性についてもし考えられているところがございましたら、ここでちょっとご披露いただきたいと思います。

 

渋谷  具体的に今進めているわけではないんですけれども、一つ私がやっているプロジェクトの中で、これはTARAプロジェクトにもかかわってきていることなんですけれども、私どもは新しいレセプターとして IgM抗体と IgA抗体のレセプターを見つけているんです。これはずうっと長い間その領域の研究者が探し求めていたレセプターで、たまたま私たち幸運にもそれを見つけることができたんです。

 これは非常におもしろい分子でして、 IgM抗体がほかの抗体と違うところは、これもまた自然免疫なんですが、抗原が入り込んできて最初に出てくる抗体が IgM抗体なんです。もう一つ、 IgA抗体というのは、非常に局所に、特に粘膜ですね、消化管だとか気管だとか、あるいは乳腺などもそうなんですけれども、そういった粘膜に分泌されて、局所の免疫、生体防御を担う抗体なんです。

 そういった IgM抗体なり IgA抗体なりというのが、ある意味で時空間的に、場所と時間との最前線の免疫を担うという意味で、まさに私たちがテーマとしている領域に合致する分子だと思っているんですけれども、そういったものがどういう働きをしているのか、とりわけ IgMとか IgA抗体というのは教科書にもしっかり書かれているような有名な抗体ですが、どういう分子機構で免疫に働いているかというのが全くわかってなかった。

 その手がかりが、私たちが見つけた分子で「FCαμレセプター」と名づけているんですけれども、そのFCαμレセプターの発現を見てみますと、そういう粘膜のところに発現が非常に多いなと。あるいは、非常にまたおもしろいことは、いろんな抗体をつくる獲得免疫につながるところの抗体を産生する場所、リンパ組織の中の胚中心というのがあるんです。抗原が入り込んでくると新しく胚中心というのがリンパ組織の中にでき上がってくる。そこでは獲得免疫を担うような IgG抗体とかができてくる。そこのところの一番真ん中に濾胞性樹状細胞というのがありまして、「FDC」と言っているんですけれども、そこのところにこの分子が非常に強く出ているということがわかってきたんです。

 局所の粘膜のところとかそういった中心となる部位の発現を見てみますと、どうも免疫のほうの重要な領域に関係していそうだと。例えば、最近私たちがノックアウトマウスをつくりまして見てみますと、抗体の産生の仕方に異常が出てくるんですね。

 

加香  抗体というのは、具体的には IgGの産生のパターンがあるんですか。

 

渋谷  そうですね。あとは粘膜のほうでいきますと、今度はそのノックアウトマウスは IgA抗体が非常に大きく、要するに産生が増加するんですね。

 

加香  それはポジティブ・フィードバックですかね。

 

渋谷  ノックアウトすると上がるので、通常はネガティブにレギュレーションしているようだと。

 

加香  なるほど、そうですね。レセプターをノックアウトしてやっているわけですね。

 

渋谷  そういったところが非常におもしろいフェノタイプを示しているんですけれども、粘膜免疫だとか獲得免疫だとかいうところに何らかの重要な働きをしているだろうということはどうも間違いないと。そこのところをもう少し明らかにすることによって、そういった免疫の制御への道が開けるんじゃないかなと期待していますけれども。

 

加香  具体的に免疫の問題としてよく言われることとして、例えば自己免疫疾患であったりとか、あるいは最近いわゆるアレルギーですね、そういうものにも先生の今おっしゃっていた IgM、 IgA抗体レセプターが関与している可能性があると考えられますでしょうか。

 

渋谷  アレルギーについてはちょっと何とも言えないんですけれども、自己免疫病、疾患につきましては、実はその関与をちょっと疑っているところはあるんです。といいますのは、先ほどノックアウトマウスの話もしましたけれども、ノックアウトマウスで上がってくる抗体というのは、IgG3とか、あるいは IgNとか、これも自己抗体と関係のある抗体なんですね。

 一方で、 IgMというのはもともと腹腔内のB1細胞なんですが、B1細胞から自然抗体という形で IgM抗体ができてくるんです。それがいわゆる自己抗体に関与しているということが言われていますので、どうもそういった形でちょっと関係がありそうだと。もっと具体的に言うとノックアウトマウスが実は自己免疫病になるんじゃないかなと、まだそこまでつかまえてませんけれども、可能性としてこれから見ていかなきゃいけないなと思っています。

 

加香  潜在的には自己免疫疾患のモデル動物になり得るんではないかと。

 

渋谷  なり得る可能性はあるかもしれないということですね。

 

加香  もちろん現在ではその可能性ということかもしれませんけれども、もしかしたら自己免疫疾患の発症メカニズムの解明につながっていく可能性があるということで、すごく興味深いことだと思うんです。あと、先ほど先生がおっしゃいました自然免疫からまさにTARAプロジェクトであります獲得免疫というところに関係する分野だと思います。

 そういう部分というのは、また話が最初に戻っちゃうんですけれども、獲得免疫ばっかりやっていてはわからなかったことかもしれません。それはもともと先生の研究のスタートが自然免疫に興味を持たれたからということで、いわゆる学際領域と呼ばれるフィールドをつきつめてゆかなければ、新しいブレイクスルーというものには辿りつけないのでしょうね。

  それでは、ここで話は少し変わるんですけれども、先生の現在のご研究はどのような研究体制で行われているかということについてお伺いしたいと思います。

 

渋谷  私のところでは、私以外にスタッフで助教授がおります。あとはTARAでお願いしてあります講師ですね。あとは助手1名をつけさせていただいている。大学院生が今、ドクターが五、六人でしょうか。マスターの学生が3、4人ですかね。

 

加香  医化学修士ですね。

 

渋谷  はい。あとは卒研生の方が2名。そんなところでしょうか

加香  わかりました。そうするとスタッフも、先生、助教授の先生、講師の先生、助手の先生と4人、また、学生さんが10〜12名くらいですね。先生の興味と非常におもしろい研究を進めていく上で少なくともこれぐらいの規模はやっぱり必要なんだと感じます。もちろん筑波大学の中だけではなく、これまでも、理化学研究所に研究拠点を持たれていた時期もおありだってのですね。研究を進めていく上でどうしてもスタッフとか学生さんというのが必要になってくる。

  今の研究体制の中でもちょっとお話に出たんですが、TARAプロジェクトとして、講師の先生を1人、先生のところでポジションとして使っていただいているということで、先生の持たれているTARAセンターというものに対するイメージ、もちろん現在あるいはこれまでのイメージでも結構なんですが、それについてもお伺いしたいと思います。

 

渋谷  ちょうど江崎先生が筑波大学に来られた年に、私がやめていったんです。93年ぐらいじゃなかったでしょうか、江崎先生が来られたのは。もっと前でしたっけ。

 

加香  僕がたしか大学院の最後のころだったので、92か93年だと思います。

 

渋谷  そうですよね。1年重なったか重ならないか。でも、とにかく当時から肝入りで設立されたということで、筑波大学として日本あるいは世界に誇るべき施設といいますかセンターとしまして、実際今まで実績というようなものを積み重ねられてまして、TARAプロジェクトに採用していただいたというのはとても名誉だし誇りでもありますし、私自身もメールのアドレスのところに必ずTARAセンターというのを一つ加えるようにしているんですけれども、そういう意味では、筑波大学の中でも非常に特徴のある、いい意味でのセンターじゃないかなと思いますね。

 

加香  貴重なご意見をありがとうございました。私たちも今のお言葉を肝に銘じて、なお一層努力していきたいと思います。

 それでは、TARAセンターのプロジェクトとして研究を遂行されていく上で、その意義とか、あるいは、先ほど研究体制の話も出たんですけれども、こういうようなアドバンテージがあるという部分があったらそれをお話しください。

 

渋谷  実際問題としまして現実的に一番大きいのは、講師が1人もらえているというのが私としては非常にありがたいことだなと。研究を進める上で、ポジション、ポストを1つもらえたことによって全然違うなというところが一つありますね。

 あとは、多少研究費もいただけているのはそれはそれでありがたいんですけれども、それにも増して大きいのは、TARAプロジェクトにあるということ、自分のそれに対する意識が、それにふさわしい仕事をしなきゃいけないという気持ちになりますよね。ある意味でのステータス、それに恥じないような自分の研究の仕方を考えるようになるということが非常に私自身大きかったんじゃないかなと。TARAの中で筑波大を代表するようなそうそうたる先生方がやられておりますし、その末席に加えさせていただいたというだけでも励みになっていますね。そういう意味が私にとっては一番大きいかなという気はしますけれどもね。

 

加香  ありがとうございます。

 それでは、逆にTARAプロジェクトを進めていく上で何か問題点とか、あるいは改善すべき課題などございましたら、ここでお話しいただければと思います。

 

渋谷  私自身が余り積極的に努力してないというせいかもしれませんけれども、TARAの中での横のコミュニケーションというのが……。もちろん学際的ですから、領域が違いますとコミュニケーションというのはそもそもあれなんでしょうけれども、例えば生命系だったら生命系の中だけでももうちょっとコミュニケーションをとるようなやり方があると、先ほど私が申し上げたようなことがもっと促進されるということはあるかもしれないなと。これは今聞かれましたから、ふだんそういうことを特に思っているわけじゃないんですけど、考えてみるとそういうことかなと思います。

 

加香  私どももかねがねそれは思っている部分ではあります。中にいて、アスペクトの教授、講師というのはそのプロジェクトをまとめ、お世話させていただくという感じで、じゃそのアスペクト間がどうかというと、例えば我々は生命情報機能研究アスペクトで、先生は山本先生のところの分子発生制御。山本先生のところと深水研究室はもちろん交流はあるんですけれども、分子発生制御の各プロジェクトの先生とそれほど交流があるわけではないですよね。

  そういう意味ではTARAセンターとしては、年に1回、夏にバーベキューというのをやっておりまして、中のアスペクト教授のプロジェクトだけではなく、各アスペクトに所属しているプロジェクトの先生方にもぜひ参加くださいということでいつもご案内申し上げております。ですので、ことしの夏はぜひよろしくお願いいたしたいと思います。

 

渋谷  ふだん研究の場所が同じところじゃないというのは一つ大きいところですね。

 

加香  一応、共同研究室という形で幾つかの部屋はございまして……。ただ、常駐するプロジェクトが使用している部分もありますので、そこは今後TARAとしても考えていく部分だとは思いますけれども、私も常々、中にいながら口には出して言えなかった部分をいま先生にご指摘していただきまして、本当にこれは有難うございます。

 

渋谷  何でも代弁しますので、言ってください(笑)。

 

加香  ありがとうございます。

  もちろん、交流をしたいという部分、活性化してほしいという部分もございますが、先生の研究を進めていく上だけではなくそれ以外の部分でもよろしいんですが、TARAセンターへのご要望等がございましたら、例えばこういった部分での支援がもっとあるといいなとか助かるなというものがもしございましたら、ここでご意見をいただければと思います。

 

渋谷  支援というよりも希望としましては、TARAで本当に世界で超一級の仕事を出す、私自身もそういうふうにしなきゃいけないという目標を持ってやらなきゃいけないし、多くの研究室で実際にそういうふうな成果を出されてきてもいると思いますけれども、一層、筑波にTARAありというぐらいになってもらうのが、ある意味、筑波大学全体の一つのシンボルとして高めていく。何かそういったものが大学の中でないと、大学全体が日本あるいは世界の中でも確固とした位置を築けなくなるんじゃないかと。

 そういう意味では、TARAというのは一番ポテンシャリティーの高い組織じゃないかなと思うんですよね。ですからTARAから超一級の仕事がたくさん出るような、東大、京大をしのぐような、そういった仕事がたくさん出るようなものになってもらいたいなと。私も末席を汚して何とか頑張って、そういうふうなところを目指したいなと思っていますけれども。

 

加香  今のお言葉を聞きまして、えりを正してしっかりやらなければいけないと、強く痛感いたしております。本当に貴重なご意見をどうもありがとうございます。私どもももちろん自分の研究プロジェクトを進めていきますし、また、各プロジェクトの先生方の研究もサポートする、お手伝いできる部分を最大限お手伝いしていきたいと思っています。

 それでは、先ほど伺ったところは今の研究テーマに直結した割と近い部分ということになりますけど、もっと先のほうですね、フューチャー・ビジョンというものがもしございましたらお願いしたいと思います。おぼろげでも結構ですので、先生ご自身が考えられている方向性みたいなものをお伺いできればと思います。

 

渋谷  本当は、私の仕事を通して何か病気を治したいとか、大きなそういった目標を掲げればいいのかもしれないんですけれども、実は私自身はそこまで具体的には考えてなくて……。申請書にはいろいろ書いてありますけど(笑)。

 ある意味で私自身は非常にわがままな人間で、自分が楽しんできたので、これからも楽しみたいなというのが正直なところなんですね。私自身、実は今こんな状況になっているとは思ってもいなかったですし、こんな基礎研究をやっているという姿を前に想像したことはなかったし、じゃ10年後の姿がどうなっているかというと、私自身も実はわからないというのが正直なところで、場合によっては、こんなことを言っちゃうとまずいですけれども、サイエンスをやめて別なことをやっているかもしれないという……(笑)。そう言うと非常に無責任な話になっちゃってふさわしくないのかもしれないですけれども、その場その場で自分が一生懸命になれることを探していく、これからもですね。それがサイエンスであればサイエンスで、その中で自分がやれることを見つけてやりたいなということなんです。

 自分はそういった形で好きなことをやらせてもらった、それに対していろんな人たちに感謝しています。ただ、今、多少責任のある立場になりましたものですから、これから後進をいかに育てられるか……私自身、もちろんまだまだサイエンスに対する野心は持っていますけれども、それと同じぐらいに、後進をいかに育てられるかということをやっぱりそろそろ考えなきゃいけないのかなと思っていますけどね。

 最近、年をとってきたせいかよく思うのは、人間の営みというのはすべからく、文化を次の世代につなげることであると。どんなことをやっていても結局はそこにつながってくるんだなというのを最近しみじみと思うようになりましてね。どんな人だって結局そういうことをやっているんだなと思うんですよ。そうしましたら、僕らは直接そういった仕事に携わっているんだとすれば、研究の成果を残して、次代にその成果を引き継いでもらうというのが一つでしょうし、それを担う人材を育てるというのも一つでしょうし、そういった中で自分が何をやれるか、やれることを一生懸命やるしかないのかなと思ってまして……。自己免疫病を治すんだということを言えればいいんですけど、そこまでは言えないですね。

 

加香  おっしゃるとおりだと思います。

 まさに今、次の世代を育てるという部分はそのとおりだと思います。我々研究者は自己満足で研究だけやっていてはだめで、次の人たちを育てるということも大きな使命だと思います。そういった意味で、先生のこれまでのご経験やご自身の研究に対する考え方からサイエンスを目指す若い世代に何かアドバイスなりお言葉をちょうだいしたいと存じます。

 

渋谷  最近、特に医学の学生と接することが多いんですけれども、人生は計算なんかできないということを僕は強く言いたいんです。例えば、これこれこうやったらば何年後にこうなってその次はこうなって私はこうしたいと思ったって、そのとおりにできることはあり得ない。いろんな不確定要素が絡まってきて、それを計算してやることは今のこの科学の進歩した時代でも無理な相談であると。ですからそういう計算をしないで、そのときそのとき自分が一生懸命やれることに対して自分の気持ちに素直に従って、とにかく一生懸命やったらいいんじゃないかということですね。

 もちろん、いろんな不安を持つだろうと思うんです。私だってこの年になってもまだ先のことは不安ですし、みんなそう。だけど、こうすれば自分は将来こうなるなんていうことは考えてもしようがないことじゃないかなと。最終的に自分でよく考えて、そのときにいいと思ったことにとにかく 100%、 120%力を注ぐ、その中でしか人生は開けていかないという……。

 

加香  確かに、これは医学だけではなくて我々の分野もそうなんですけど、最近は情報が多いということが一つあると思うんです。それからもちろん不景気であることもありまして、まあ、僕らの時代も不安だったんですけれども、そういう雰囲気というか風潮というか、早く安定した何か……でもそれは全然確定してないんだけど、安定なんじゃないかなというふうに流れる機運があるような気はいたします。もっと、先生が今おっしゃったように、そのときおもしろいと思ったこと、やってみたいと思ったことに素直にチャレンジする、チャレンジ精神みたいなものはやっぱり必要かなという感じがします。

 

渋谷  そうやって不安なのはわかるんですけれども、一生懸命やっていれば必ずだれかが見てくれる。そうしたらば、道がそこでまた開けてくるんだと思うんですよ。決して世の中は、一生懸命やっている人を見捨てはしないと思いますね。そうだったらば自分のやりたいこと、そのときにやりたいことを一生懸命やる、それがいいと思いますけれども。

 

加香  これは本当に若い世代に聞かせてあげたいと思います。

 先生、本当にありがとうございました。非常に興味深く、また大変貴重なお話を賜りまして、TARAセンターのスタッフも先生のご研究を最大限バックアップできるように頑張りたいと思います。

  最後になりましたが、先生のご研究のますますの発展をお祈り申し上げまして本インタビューを終了させていただきたいと思います。先生、本当にきょうはお忙しい中どうもありがとうございました。

 

渋谷  ありがとうございました。これからよろしくお願いいたします。