Innate Antibodies”と感染防御

 

筑波大学大学院人間総合科学研究科、基礎医学系、免疫学

渋谷 彰

 

 私が医学生であった1970年代後半は免疫学の講義は独立しておらず、今と違って系統的に免疫学を学ぶ機会はなかった。大学を卒業後、80年代から90

年代のはじめまで内科医として臨床を行った。ウイルス感染の診断では、検査伝票に並んでいたIgG抗体とIgM抗体の両方にチェックをして提出した。ウイルスに対する血清IgM抗体のタイターが高ければ、それは感染から間もないという事を意味しているという事ぐらいは基本的知識として身につけていた。またIgM抗体が出現したあとにIgG抗体が出てくるということやIgG抗体が出てくれば感染症はとりあえずは収束の方向に向かうという事もマニュアルとして知っていたから、臨床では困らなかった。しかし、なぜそうなるのかという事をどれだけ理解していたかというとはなはだ怪しい。

 その私がIgM抗体の研究に関わる事になったきっかけは全く偶然である。私が免疫学を志し臨床から基礎研究に転向したのは今から12年前であった。NK 細胞に興味を持っていた私は、NK 細胞の活性化制御に関与するNK受容体を新しく同定しようとするプロジェクトを開始した。そこでNK 受容体を認識すると思われる抗体をいくつか作製し、発現クローニング法を用いてcDNA のクローニングを行った。その結果、めでたく目的のcDNAを単離することに成功したかに見えた。DNAシークエンスの結果は新規の遺伝子であったが、予想したようなものとはどうもかけ離れている。よくよく調べてみると、その抗体のFc部分で結合したFcレセプターをクローニングしてきたものとわかった。これは抗体の性質に注意を払わずに実験をすすめてきたことによる失敗であった。しかし我々にとってラッキーだったことは、用いた抗体がIgMクラスのものであり、クローニングしてしまった遺伝子は長い間多くの研究者が同定を試みて成功していなかったFcmレセプターだったことである。異なるクローニングレースに無意識のうちにも横から突然ひょいと現れ、たまたま一番乗りを果たしてしまったのである。その後この分子はIgMのみならずIgAFc部分に対するレセプターでもあることがわかった時には、またまた驚いてしまった。ヒトではIgAFcレセプター(CD89)が既に同定されていたものの、マウスにおけるそのカウンターパートは見つかっておらず、我々が同定したFcレセプターがマウスで初めてのFcaレセプターであったからである。そこで我々はこのFcレセプターをFcamレセプターと呼ぶ事にした(Shibuya et al., Nature Immunol 2000)

 いうまでもなく抗体はF(ab)部分(可変部)で抗原と結合するが、その機能活性部位はFc部分(定常部)である。抗原と結合した抗体はFc部分で免疫細胞上に発現するそれぞれのアイソタイプに対応するFcレセプターと結合し,免疫細胞にシグナルを伝え、免疫応答を誘導する。これまでFcgレセプター(FcgR-I, -II, -III, -IV), Fceレセプター (FceR-I, -II)などが同定され、それぞれのノックアウトマウスなどを用いた解析などから、これらが炎症や貪食、細胞傷害活性、アレルギーなどの誘導に深く関わっている事が示されてきた。これらのFcレセプターの機能の解析は、とりもなおさずIgGIgEの機能をも明らかにすることでもあった。従って、IgMIgAに対するFcレセプターが同定されていない以上、これらの抗体が免疫細胞に何を引き起こし、どのような免疫応答を誘導するのかは謎であった。

 IgMIgA抗体の特徴的な点は、これらの抗体が時空間的に感染に対する免疫応答の最前線にあるという事である。すなわち、IgM抗体は上記の通り、ナイーブB細胞が抗原に感作後、クラススイッチが誘導される以前に分泌される抗体であり、感染初期に働くものであると考えられる。IgM抗体(分泌型IgM)を欠損させたマウスでは、T細胞依存性のIgG産生が著明に減弱するなど獲得免疫系の成立の異常と、ウイルス感染に対する抵抗性の著しい減弱が見られることが報告されている(Lutz, et al. Nature 1998, Ochsenbein, et al. Science, 1999)。また、クラススイッチの障害により逆にIgM抗体しかないAID欠損マウスでも、インフルエンザウイルス感染における生存率の低下は認められないという (Harada, etbal., J. Exp Med, 2003)。これらの報告はIgM抗体が感染症に対して重要な役割を担っている事を示している。また、IgM抗体は抗原に感作されていない個体にも既に存在する自然抗体の大部分を占めている。自然抗体が認識する抗原レパートリーは必ずしも多くはないが、多くは毒素や細菌の成分を認識しており、感染に重要な役割を担っていることが考えられている。

 一方、IgA抗体は気道, 消化管, 尿路などの粘膜下に存在する形質細胞から産生され, その多くは粘膜上皮細胞に発現するpolymeric Ig receptor (poly-IgR)を介して分泌型となって粘膜上に放出され, 病原微生物の侵入から生体を防御している。たえず抗原にさらされるヒトの腸管粘膜面は300m2にも及ぶほど広大であり、その局所からの感染防御のためにヒトのIgA 抗体の産生は一日あたり3?5 g と他の免疫グロブリンに比べても圧倒的に多い。

  以上のように感染に対して時空間的に最前線で働いているIgMIgA 抗体は、いわばInnate Antibodyとでも呼べる程、その他のアイソタイプの抗体と異なる際立った特徴を示している。これらの抗体が実際にどのように病原体に対して働くのか。この実に基本的で、しかし謎のままであった疑問に対して、我々はこれらの受容体であるFcamレセプターの機能解析を通して解明したいと願っている。実際、Fcamレセプターのノックアウトマウスやトランスジェニックマウスの解析から、少しずつその謎のベールがはがされようとしており、我々の研究室は密かな興奮を伴いながら、謎の解明に総力を挙げて挑んでいる。