ひと目でわかる分子免疫学

 

連載5

「感染症から学ぶ免疫学の基本原理」

 

 

渋谷 彰

SHIBUYA Akira

筑波大学大学院人間総合科学研究科、基礎医学系免疫学

 

Key Words

自然免疫、獲得免疫、細胞内感染、細胞外感染、Toll-like receptor (TLR)

 

Points

細胞内感染と細胞外感染で免疫反応は異なる。

細胞外感染には液性免疫が、細胞内感染には細胞性免疫が主役である。

獲得免疫の始動には自然免疫の先行が必須である。

 


“体力”が落ちると感染症に罹りやすい?

 昨年の日本を象徴する漢字は「災」だったそうで、猛暑に加え,例年にないほど多くの大型台風に見舞われ、さらには中越大地震と続いた。被災者の方々にはこの厳しい冬を風邪などひかないように乗り切って頂きたいとお祈りするばかりである。さらに世界に目を転ずれば、スマトラ沖地震によるインド洋大津波災害で20万人近くにも及ぶと言う死者、行方不明者を出した。前代未聞の規模の被災地にあっては、二次災害としての感染症の発生が危ぶまれていると言う。衛生状態が悪かったり,“体力”が落ちていたりすれば、すぐに色々な病原体に感染してしまいやすい。一方、今年になって日本ではノロウイルスによる感染性胃腸炎の集団発生が特に各地の高齢者施設でおき、患者数はすでに数千人の規模に達し,中には死亡者まで出ている。高齢者では体力の弱いことが感染を引き起こしたり、それが重篤化したりする原因であると一般にいわれる。個人的なことを記せば、私自身は幼時期しょっちゅう熱を出し、何度となく肺炎までおこしていたらしい。小学校に上がる位までもてば、体力もついてきて生き延びられるのではないかと、近医に母は繰り返し言われていたという。ここでいう体力という言葉は免疫力という言葉でも置き換えることができよう。しかし免疫力が強いとか弱いとかということは、免疫システムにおいて具体的にどのようなことを意味するのだろうか。この素朴で基本的な疑問に対して、私は免疫学を専門としている立場でありながら答えられないもどかしさをいつも感じている。

 

獲得免疫と自然免疫

 免疫とは、その字句が示すように一義的には感染症から身を守る生体防御の仕組みである。したがって免疫が強いとか弱いとかが何を意味しているかを知るためには、病原体と免疫システムとの攻防の状況を理解しなければならない。特に重要なことは、病原体の侵入から発症、そして治癒にいたるまでの時間経過の中でどのような免疫反応がおきているかを知ることである。

 これまでの連載ではクローン選択から始まり抗原認識の特異性と多様性、免疫記憶、自己寛容などの免疫学における重要な基本原理を説明してきた。これらはもっぱら抗原に感作したT細胞やB細胞などによって担われる免疫反応であり獲得免疫 (Acquired Immunity) あるいは適応免疫 (Adaptive Immunity)と呼ばれる。獲得免疫はヒトをはじめとする高等脊椎動物が有する免疫システムの特徴である(図1)。獲得免疫の仕組みを明らかにする研究は勃興しつつあった分子生物学的技術を用いた研究対象として大変魅力的であり、多くの研究者がこれに挑んだ結果、この30年の間に大きく進展してきた。

 しかし生体防御をになう免疫反応はT細胞やB細胞によるばかりではない。表1に示すように皮膚や粘膜とこれらの上皮細胞から分泌される粘液や抗菌ペプチドなどの物理化学的バリアから、種々の液性因子やT細胞やB細胞以外の免疫細胞まで多くのものの働きで成り立っている。これらによる免疫反応は抗原感作によって獲得されるものではなく、すでに抗原が侵入する以前から備わっているもので、自然免疫(Innate Immunityと呼ばれる。自然免疫をになう免疫細胞として、顆粒球やマクロファージ、樹状細胞などの食細胞やNK細胞が全身に存在し、またレパートリー(連載第1回ワクチンの項参照)の比較的限られた特殊なT細胞やB 細胞であるgdT細胞やB1B細胞がそれぞれ腸管粘膜や腹腔内局所を中心として存在する。これまで獲得免疫の研究が脚光を浴び大きく進展してきたのに対して、自然免疫の研究は遅れ気味であった。しかし最近になって自然免疫の重要性が再認識されるに及んで注目を浴び、多くの新しいことがわかってきつつある(表2)。

 

植物にも免疫システム?

 ヒトに限らず地球上のすべての生物は病原体を含む非自己ばかりの世界の中におかれ、その環境に適応し生存を勝ち得たものとして存在していると考えることができる。したがって環境から身を守る生体防御の仕組みはすべての生物種に何らかの形で備わっているはずである。しかしT細胞やB細胞などのリンパ球は脊椎動物にしかなく、獲得免疫機構は脊椎動物のみのものである。一方、自然免疫を担う種々の機構はより下等の動物でもみられ、マクロファージなどの食細胞は八つ目ウナギなどにも存在し、また補体成分はウニやホヤなどにも確認されているという(図1)。動物のみならず植物にさえ生体防御機構である自然免疫システムの存在が報告されている。

 

敵との攻防戦略(1)細菌 (図2)

 敵を知り己を知れば百戦危うからずというが、ヒトの免疫システムは病原体の種類によって攻防の戦略を変えている。病原体は細菌、ウイルス、真菌、寄生虫などに大きく分類されるが、免疫システムの側にとってもっとも重要なことは、これらの病原体が自己の細胞内に感染し増殖するか、細胞外で増殖するかということである。病原体が細胞の内にいるか、外にいるかの違いによって免疫反応の様式が全く異なってくる(表3)

 たとえば細菌の多くは体内に侵入すると組織間液やリンパ液、血液など細胞外で増殖する。これらの細菌に対して顆粒球やマクロファージ、樹状細胞などの食細胞がいち早く反応し、細菌を貪食し処理する。この際、補体や抗体が病原体に結合すると、貪食細胞に発現する補体レセプターやFcレセプターを介して貪食作用が促進される(オプソニン効果)。貪食した食細胞は活性化しIL-1, IL-6, TNF-aなどをはじめとした炎症性サイトカインを分泌し感染局所のあるいは全身性の炎症反応を引き起こす。これらの一連の自然免疫反応は以下の獲得免疫反応へと連携されていく。すなわちその後、樹状細胞やマクロファージなどの抗原提示細胞はリンパ管を経由してリンパ組織に移動する。そこでは貪食された病原体は細胞内のエンドゾームで分解され(プロセッシング)、その産物であるペプチド蛋白がMHCクラスII抗原と結合し、細胞膜上に発現される。そしてリンパ組織に存在する抗原特異的ナイーブT細胞クローンに抗原として提示され、同時に抗原提示細胞から分泌されるサイトカインなどの影響も受けて Th1または Th2に分化する。分化したヘルパーT細胞はB細胞と直接結合し、シグナルを送り、また同時に特定のサイトカインも分泌することによってB細胞から抗体産生細胞への分化を誘導する(連載第2回アレルギーの項参照)。分泌された抗体は病原体である細菌に結合し、その病原性を中和したり、オプソニン作用で食細胞による貪食を促進したりし、感染を強力に収束する。このような抗体によって担われる免疫反応は液性免疫と呼ばれる。

 

敵との攻防戦略(2)ウイルス (図3)

 一方、多くのウイルスは細胞内に感染し、宿主細胞の核酸や蛋白生成機構に依存して増殖する。細胞内に存在するウイルスに対して抗体は直接捕捉することができない。したがってこれらのウイルスに対する生体防御は、直接キラーT細胞やNK細胞が宿主である感染細胞を殺し、病原体の生存環境を破壊することによって病原体の増殖を阻止しようとする細胞性免疫が主体となる。NK 細胞は最も早く、このようなウイルス感染細胞を認識し、細胞傷害活性を示すと同時に、gインターフェロンを分泌することによってキラーT細胞の誘導を促進する。しかし、ウイルス抗原に特異的なキラーT細胞の誘導には実はヘルパーT細胞の補助が必要であることもわかっている。これはウイルス感染した細胞を取り込んだ樹状細胞がウイルス抗原をプロセッシングし、MHCクラスIIに結合し、ナイーブヘルパーT細胞に抗原提示することによるものと考えられている。ナイーブヘルパーT細胞はTh1に分化し、gインターフェロンを分泌することによってキラーT細胞を誘導する。一方、分化したTh1またはTh2はB細胞と結合し、抗体産生を促す。これらの抗体は細胞内に侵入する前のウイルスを中和し、細胞への感染の成立を阻止する。

 

自然免疫機構における病原体認識機構

 上に述べたように、自然免疫と獲得免疫はそれぞれが独立して機能しているわけではなく密接な関連を有しており、獲得免疫の始動にはマクロファージや樹状細胞などを中心とした自然免疫の先行が必須である。これらの細胞は食細胞であると同時に抗原提示細胞でもあり、1)病原体の認識、2)貪食と活性化、3)そしてヘルパーT細胞への抗原提示とまさに自然免疫から獲得免疫への橋渡しをしている。T細胞やB細胞などによる獲得免疫システムにおける抗原認識は、遺伝子再構成の結果生じた無数に近いレパートリーの抗原受容体によって、抗原の精緻な三次構造を特異的に認識するのに対して、自然免疫における抗原認識は非特異的なものとしてあまり注意を向けられていなかった。ところが最近、ショウジョウバエの腹背軸の決定に関与するToll遺伝子のほ乳類の相同遺伝子(Toll-like receptor; TLR)が発見され、これらが病原体の様々な成分を認識し、樹状細胞などに活性化シグナルを伝えることがわかってきた。TLR は少なくともこれまで10遺伝子がみつかっており、これらは遺伝子再構成はせず染色体上に存在する(胚性遺伝子)。これらのうちTLR4 はエンドトキシンであるグラム陰性菌体成分のLPSを、TLR5は細菌鞭毛蛋白であるフラジェリンを、TLR9 は細菌由来DNAを、TLR2TLR6の2両体はマイコプラズマリポ蛋白を認識する。このようにTLRの認識抗原は、樹状細胞個々に特異的なものではなく、それぞれの病原体成分を共通に認識していることからpathogen-associated molecular pattern (PAMP) と呼ばれる。TLRの同定と機能の解明は自然免疫による病原体認識と活性化の研究の進展にまさにブレークスルーとなったものであり、近年の免疫学研究の中でもっとも注目を浴びている成果でもある。