ひと目でわかる分子免疫学

第6回

 

腸管から学ぶ免疫学の基本原理

 

渋谷 彰

SHIBUYA Akira

 

筑波大学大学院・人間総合科学研究科

基礎医学系・免疫学

先端学際領域研究(TARA)センター

 

Key Words

分泌型IgA

腸管関連リンパ組織

上皮細胞間リンパ球

パイエル板

M細胞

クリプトパッチ

経口免疫寛容

 

Points

消化管粘膜の表面積はテニスコート1面半にも相当する

IgAは粘膜固有層に存在する形質細胞から分泌され、腸管粘膜状に分泌型IgAとして放出される

腸管は抗体産生細胞やTリンパ球が最も多い最大の免疫臓器である

M細胞は腸管管腔側の抗原をパイエル板に取り込みB細胞からのIgA抗体産生を誘導する

上皮間Tリンパ球は胸腺非依存的にクリプトパッチの前駆細胞から由来する

 


生ゴミを食べるミミズ

 私が生まれ育った田舎では、家庭の生ゴミで猫のえさにならないものは、だいたい庭先に捨て集めていたものだった。その周辺の土は黒々として、少し掘り返すと丸々と肥えたミミズがたくさん見つかり、釣りのえさを探すのに絶好の場所であった。ところが最近、「生ゴミを食べてもらうミミズ御殿の作り方」という本が売られており,家庭の生ゴミをミミズを飼って処理する方法が紹介されていることを知った。電気も使わない、環境にやさしい生ゴミ処理法である。そうすると庭先に捨てた生ゴミはミミズが食べてくれていたのかと今になって知ったのである。ミミズは、一日で自分の体重の半分から同等以上の重さの生ゴミを処理するという。1キロ分のミミズがいれば、一日に500グラムから1キロ以上の生ゴミが処理できるということだ。考えてみればミミズは全身が1本の消化管だけでできている“動く腸管”のようなものである。まさに「生きることは食べること」を全身で表現しているようだ。

 

内なる外

 最も単純な動物である腔腸動物に属するヒドラなどは、本当に体が腸管だけからできており、脳さえないというから、生きていくためには脳より腸の方が大事であるようだ。ミミズやヒドラよりよほど高等であると思われるヒトであっても、実は体の基本構造はさほど変わらない。口から肛門までの1本の消化管のまわりにこれらの動物より発達した肺,肝臓、膵臓、甲状腺、尿路などの器官が付いているだけである。実際、これらの器官は発生学的に、腸管(原腸)に由来することがわかっている(図1)。生命を維持するためのエネルギーを摂取する腸管は多細胞生物にとって最も基本となる原始的な器官である。

 口から肛門へとつながる消化管は、体表を覆う皮膚から連続する粘膜上皮によって囲まれる開放空間であるから、それは体内にあるが外界であり、いわば「内なる外」である。ヒトの消化管は引き延ばせば全長約7m、消化管粘膜の表面積は絨毛で構成するヒダを延ばせば400m2にもおよび、これはテニスコート1面半にも相当するという。皮膚で覆われている体表の面積は成人で約1.5 ?1.8 m2であるから、消化管がどれくらい広いかがよくわかる。この外界と境界をなす広大な消化管粘膜は、常に食物である非自己抗原や多数の細菌などに曝されている。病原体侵入部位としては最も危険の高い部位である。それではヒトは腸管からの病原体侵入をどのようにして阻止しているのだろうか。

 

粘膜面の生体防御

 小腸や大腸などの表面はねばねばした厚い粘液層で覆われている。粘液を構成する主成分であるムチンは多数の糖鎖をもち、これに細菌などの病原体が結合し粘膜上皮細胞に容易に侵入できないような物理的バリアーとなっている。さらにこの粘液を産生する腸管上皮の一部であるゴブレット(杯)細胞からは腸管内腔に向かって一定の流れで粘液が放出され、これも病原体などの物理的排出に役立っている。これらの物理的バリアーは自然免疫に属するが、獲得免疫はIgA抗体によって担われ、病原体などの抗原に対して特異的に反応する。IgAは消化管のみならず気管粘膜にも分泌され気道を守り、また乳汁にも分泌され新生児の腸管を守るなど、一般に粘膜免疫の主体をなしている。IgA抗体は血清中にも存在し、その多くが分子量約17万の単量体であるが、粘膜面に存在するIgA抗体は分泌型IgAと呼ばれ、J鎖(joining chain)によって結びつけられた2量体のIgAにpolymeric Ig receptor (Poly-IgR)分泌成分(secretary component:SC)が付いたものである(図2)。ヒトのIgA抗体にはIgA1型と IgA2型の2つのアイソタイプがあり、血清中の90%以上はIgA1型であるのに対し、粘膜上ではおよそ半分はIgA2型である。IgA2型はある種の病原性細菌の産生するプロテアーゼによっても分解されない耐性をもち、IgA1型と合わせて様々な病原体に対する防御機構を備えている。これらのIgAは粘膜下の粘膜固有層に存在する多数の形質細胞から分泌され、粘膜上皮細胞の基底膜側の細胞膜上に発現するPoly-IgRJ鎖で結合し、そのままPoly-IgRとともに上皮細胞内に取り込まれ、細胞内を横断し(トランスサイトーシス)、Poly-IgRの一部(SC)を結合したまま残して切断され、粘膜面に放出されている(図2)。

 

腸管は最大の免疫臓器-抗体産生細胞

 腸管粘膜は最大の病原菌侵入の危険部位であるから、かなり発達した免疫組織が備わっていなければならない。腸管に備わっている免疫組織を総称して腸管関連リンパ組織(Gut-associated Lymphoid TissueGALT ) と呼んでいる。GALTの一つとして、ヒトの小腸では1m2あたり1010個以上の形質細胞が存在し、これは全身の形質細胞の70?80%に相当するという。これらの形質細胞から一日あたり3~5 gと驚くべき量のIgAが腸管粘膜上に分泌されており、他の抗体の産生量より圧倒的に多い。もっとも400m2にも及ぶ消化管粘膜をカバーするためにはこれ位は必要なのかもしれない。重要なことは、これらのIgAは腸管管腔内に存在する病原体など多種類の抗原にそれぞれ特異的に結合する性質をもっていることで、抗原による“感作”が既に成立しているということである。いったい、どこで、どのような仕組みで腸管管腔内の病原体が抗原刺激となって特異的なIgA産生を誘導するのだろうか。

 1670 年代、スイスの医師パイエル氏は腸管に粘膜隆起を見つけて報告した。パイエル板 (Peyer’s patch) と名付けられたその隆起は、300年を経た1971年に「IgA産生細胞の前駆細胞の密な集合体」であると報告され、粘膜免疫誘導に最も重要な組織であることがわかってきた。パイエル板を腸管管腔側からみるとよく発達した多数の絨毛の間にドーム状のパイエル板の屋根が見える。これはそのユニークな形態学的特徴からM細胞microfold cell あるいはmembrane cell から由来するとされる)と呼ばれ、腸管管腔側の抗原をパイエル板に取り込む働きを持つ特殊な細胞である。M細胞の直下には抗原提示細胞とT細胞やB細胞でなるリンパ小節であるパイエル板がある(図3)。M細胞から取り込まれた抗原はパイエル板内の抗原提示細胞に取り込まれ、ヘルパーT細胞に抗原を提示する。一方、胚中心を形成するB細胞は濾胞樹状細胞(FDC)にトラップされた抗原を認識し、ヘルパーT細胞との細胞間相互作用を受けて成熟し、IgAへのクラススイッチが誘導される。このような形質細胞は大循環に入り、最終的にまた腸管粘膜固有層にホーミングしIgAを産生するようになると考えられている。

 一方、最近の報告によれば腸管粘膜固有層に存在する形質細胞は腹腔内のB1型のB細胞に由来し、粘膜固有層においてIgA産生形質細胞に分化したものもあるといわれている。

 

腸管は最大の免疫臓器-Tリンパ球 (Intraepithelial  lymphocytes; IEL

  一方、腸管粘膜を構成する上皮細胞の3?5個に1個の割合でリンパ球様の細胞が上皮細胞に挟まれた形で分布することが古くから知られていた。近年これらのほとんどがT細胞であることがわかってきた。広大な粘膜面を構成する上皮細胞の1/3から1/5に相当し、マウスだとその数は100万個にも達し、全末梢T細胞の30?40%を占めるのだからかなり膨大である(図4)。特徴的なことはヒトではこれらの上皮細胞間リンパ球(Intraepithelial  lymphocytes; IELの約10?20%が、マウスでは約半数がgd型のT細胞セプターを持つgdT細胞であることである。通常の末梢のT細胞のT細胞レセプターはab型であり、極めて多様性に富み、認識するMHCに結合した蛋白抗原のレパートリーは膨大であるのに対して、gdT細胞の認識する抗原のレパートリーは比較的少ない。またabT細胞、gdT細胞の両者のIELとも通常のT細胞とかなり異なったタイプであることがわかってきた(表1)。たとえばabT細胞ではCD4, CD8 の両者とも発現しないダブルネガテイブ型やCD8を発現していても通常のT細胞にみられるCD8ab型ではなく、NK細胞にみられるCD8aa型である。gdT細胞もまた同様の型のものがみられる。これらの変わったT細胞は通常のT細胞の胸腺における分化経路と異なる分化を経てきたのではないかと考えられる。 最近、絨毛基底部から陰ヵ底部にかけてラグビーボール状の径が約100um程度のリンパ球の小集積が新しいGALTの一つとしてみつかり、クリプトパッチと名付けられた。実はこれがIEL の前駆細胞であり、胸腺非依存性の分化をしたT細胞であることがわかってきた。これらのIELは粘膜上皮の感染に対する生体防御を担っていると考えられている。

 

粘膜の不思議

 これまで腸管粘膜に侵入しようとする病原体などに対する生体防御機構としての粘膜免疫について述べてきた。これらの抗原に対しては、GALTによる免疫応答がおきて、最終的には抗原特異的なIgAが分泌され、これを排除しようとする。一方、腸管の本来の役割は食物を摂取することであるから、病原体ばかりでなく多種多様な食物に由来する非自己である抗原が侵入してくる。これらの食物抗原に対して、粘膜はどのように免疫応答をおこすのだろうか。

 蛋白抗原を血管内に注入すると、免疫系はこれに対して過敏な反応をおこし死にいたる場合もある。しかし同じ蛋白抗原を経口で与えても一般的には何の反応もおこらない。これは消化酵素等で分解されて吸収されても抗原性を失ってしまうからである。つまり非自己を自己に変換させているといえる。しかし、食物の中には充分に分解されることなく吸収されるものもある。実際、食べ物によって全身性のアレルギーを起こす人がいることはこのことを示している。だが一般的にはこのようなものに対しても過敏な免疫反応がおきないような仕組みがあり、これを経口免疫寛容と呼んでいる。病原体などの非自己抗原に対しては排除しようとする免疫反応がおき、一方で食物に由来する非自己抗原に対してはこれを受け入れるという消化管粘膜の免疫の仕組みは、生体の生存にとって極めて巧妙で、不思議である。そのしくみとして、1)T細胞の免疫不応答(アナジー)の誘導、2)調節性T細胞による免疫抑制、3)反応性T細胞の除去(クローナルデリーション)などの機構が考えられているが,いまだ充分には解明されていない。

 一方、この経口免疫寛容は抗原特異的に免疫反応を抑える反応であることから、これを積極的に利用して自己免疫病やアレルギーなどの治療に応用できないかという夢のような研究が進められている。

 

神経、内分泌、免疫のネットワーク

 動物の生存にとって最も基本的な器官である腸管には、まだまだ不思議なことがたくさんある。腸管免疫の研究は始まったばかりであり,研究者にとってみれば未解決の課題が数多く残された宝の山とも言えよう。これまで述べたように腸管の免疫システムは、全身の免疫システムとは異なる独自の発達を遂げたものであるようだ。免疫システムに限らない。実は腸管の粘膜下層と筋層間に神経叢が形成され、そのニューロンの突起は血管周囲や免疫細胞の周囲に極めて密に分布している。また、副腎皮質から分泌されるグルココルチコイドなどの種々のホルモンに対するレセプターが免疫細胞にも発現していたりもする。どうも腸管は神経系、内分泌系、免疫系とが独自に3大ネットワークを構築しているらしい。これらの仕組みをもっと明らかにしていく研究もとても興味深い。