「脊髄運動ニューロンと神経栄養因子」
荒川義弘 (エーザイ・筑波研究所・探索第二)
神経栄養因子(neurotrophic factors )に関する研究が80年代後半より急速に発展し、発達、生理、病態、治療等多方面より研究されている。神経栄養因子とは、狭義には神経細胞が必要とする生存因子であり、神経が投射する組織等により産出され、神経細胞の生存維持に機能している分子のことである。その神経栄養因子の概念は、もともと、鶏胚腰部脊髄運動ニューロンが胎生期において、その支配領域である後肢の有無により生存または死滅するという M.L. Shorey らの1909年の知見や、それに続く V .Hamburger の詳細な研究に始まると考えられる。その後、R. Levi-Montalcini
と Hamburger により、Nerve growth factor (NGF) が発見されて以来、NGF が作用する知覚・交感神経系を中心に研究がなされてきた。
しかしながら、脊髄運動ニューロンの生存を助長する因子の方は骨格筋抽出液等に存在することは知られていたが、単離されるまでには至っていなかった。
これは主に脊髄運動ニューロンの純粋で高生存率の長期培養が非常に困難であったことによる。 筆者らはマックスプランク研究所(Prof. H. Thoenen ) において、運動ニューロンの培養系を改良し、この系を用いて種々因子の活性を評価したところ、 ciliary neurotrophic factor (CNTF) と fibrolast growth factor (FGF) に強い活性があることがわかり、この両者を併用すると一週間以上ほぼ100%の生存率で運動ニューロンを生存させることができた。 その後、CNTF は in vivo の種々のモデルでも有効であることが示されてきている。
最近、NGF family の新たな分子である Brain-derived neurotrophic factor (BDNG) にも脊髄運動ニューロンに対する生存因子活性があることが明らかとなった。 CNTF や BDNF の発達期における発現や存在部位などは、標本的組織由来神経栄養因子という従来からの概念には必ずしも一致しておらず、また神経栄養因子の acute な作用も報告されてきており、神経栄養因子の概念は変化しつつある。
CNTF は現在 Regeneron 社により筋萎縮性側索硬化症(ALS) を対象に臨床試験が行なわれており、Phase III の段階にある。BDNF もまもなく臨床試験に入ると聞く。基礎の研究が即、臨床に応用される領域であり、また need も大きいことを物語っていると思われる。