「脳の可塑性とモノアミン」
岡戸信男 (筑波大・基礎医・解剖)
固体の発生の過程で、ヒトの乳幼児期に相当する頃に、脳ではシナップスの過形成が起こっていることが約10年前に明かにされた。そうした redundant なシナップスが脳に可塑性をもたらすと考えられてきた。しかしこのシナップスの過形成の背景として、どんなことが起こっているのか、またどんな物質が関係しているのか、解からなかった。
鶏の脊髄でのシナップス密度の変化を調べてみると、10日胚頃から急激に増え続けたシナップスは孵化後1週で最高密度となり、その後1カ月まで大きく減少する。そして1ー6カ月はほぼ一定の密度だが、1年では更にシナップス密度は半減する。
鶏脊髄でもシナップスの過形成、そして加齢に伴うシナップス密度の低下が観察された。セロトニン線維には太いタイプと細いタイプの2種類があるが、特に細いセロトニン線維の増減パターンはシナップスの増加減少とほぼ一致していた。
最初はシナップスが過形成される時期に一時的に高価となるセロトニン線維を薬理学的に減少させてみた。その結果、シナップス密度が最大70%も減少することが明かになった。数種類の作用機序の異なる薬剤を用いても同様の結果になる。またシナップス密度の減少はセロトニン線維の標的領域で認められ、正常でセロトニン線維がない部位では起こらない。
次に young adult といわれる孵化後6カ月の鶏で同様にセロトニンを減少させると、ヒナと同様にセロトニン線維の標的領域でシナップス密度の減少が確認された。しかし孵化後2年の老鶏では、セロトニン線維を減少させてもシナップス密度は低下しない。
この様な結果から、セロトニン線維はシナップスの形成と維持を促進する因子として機能し、脳の可塑性をもたらしていると考えられた。
セロトニンをはじめとするモノアミン線維はシナップスの形成に促進的に働くことがラットの大脳皮質でも確かめられている。しかしセロトニン線維はシナップスの形成維持ばかりでなく、神経細胞の生存にも関与していることが解かってきた。
参考文献
1. Synaptic loss folowing removal of sertoninergic fibers in newly hatched and adult chickens. J. Neurobiol., 24 (1993) 687-698
2. セロトニンニューロンの発生と分化 実験医学 11 (1993)131-141