「ガス状情報伝達物質(NO、CO)の脳シナプス可塑性における生理機能」


渋木 克栄 (新潟大学・脳研究所)


 NOやCOといったガス状の物質が脳内で生成され、記憶学習の素過程であるシナプス可塑性の制御に関わることが知られている。本セミナーでは我々の研究を中心に小脳長期抑圧をめぐるNOとCOの機能、放出メカニズムについて説明する。また、大脳皮質第」層の長期増強におけるNOとCOの機能についても触れたい。  小脳長期抑圧は運動学習の基礎メカニズムと考えられている(1)。我々は長期抑圧の成立時にNOが放出されることを電気化学的に証明した(2)。このNO放出が小脳スライスを用いて記録した長期抑圧や小脳が関わる運動学習の成立に必要であるという点において多くの研究が一致している。  小脳におけるNOの放出メカニズムが最近NOプローブの高感度化により明確になってきた。結局NOは神経型NO合成酵素を含む顆粒細胞の軸索である平行線維から放出されることがわかった(3)。また平行線維を単独に高頻度刺激すると、平行線維からのグルタミン酸放出がcAMP依存性の長期増強を起こすことが知られているが(4)、我々はNO放出でもcAMP依存性の長期増強が起きることを明らかにした。  ガス状情報伝達物質としてはNO以外にCOもあるといわれている。COはNOより弱いが単独でcGMP産生を促進する効果がある。またNOによるcGMP産生を阻害する効果もある。この二つのメカニズムのどちらが小脳長期抑圧の成立に重要であるか解析したところ、むしろ40nM程度の濃度ではCOが長期抑圧を阻害すること、この阻害がNO投与でキャンセル出来ることが判った。結局小脳長期抑圧ではCOはNO・cGMP信号系の抑制的な修飾因子として機能すると思われる。また、内因性につくられるCOにも外から加えたCOと同等の作用が明らかになった。  また小脳長期抑圧以外にも大脳皮質第」層の長期増強がNO依存性であることが知られている。我々はラット聴覚野のスライス標本を用い、第・。層の長期増強はNOに依存しないが第」層の長期増強はNO依存性であること、第」層の長期増強は第・。層に比べて有意にNO放出量が多いこと、第」層の長期増強においてNOとCOが拮抗的に機能することを見い出した。以上からNOやCOは小脳だけではなくいくつかのシナプス可塑性の調節因子として普遍的な重要性を持っているものと思われる。


参考文献

  1. Ito, M. Annu. Rev. Neurosci. 12, 85-102 (1989)
  2. Shibuki, K. & Okada, D. Nature 349, 326-328 (1991).
  3. Shibuki. K. & Kimura. S. J. Physiol. (Lond.) 498, 443-452 (1997).
  4. Salin, P.A., Malenka, R.C. & Nicoll, R.A. Neuron 16, 797-803 (1996).

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