「連合学習に関わる大脳基底核の神経活動」


 稲瀬正彦(電子技術総合研究所・超分子部)


 我々は、外界の様々な手がかり刺激に応じて、適切な反応を選択し行動している。経験を通して、この刺激と反応の結びつきを学習していくことにより、種々の高度な行動が可能となっている。このような刺激と反応の連合学習 (Conditional Motor Learning, Wise 1996) の神経機構については、これまでに、上肢運動を反応とする場合に運動前野背側部が(Mitz et al. 1991)、眼球運動を反応とする場合に補足眼野が (Chen & Wise,1995)、関与することが示されている。次に、これら実行系に近い高次運動領野と、手がかり刺激を処理する高次感覚領野とを結ぶ神経回路が問題となってくる。この神経回路の候補として、前頭前野腹側部と大脳基底核などがあげられている(Wise 1996)。  大脳基底核は、古くから、その臨床症状より、運動制御に関与することが知られているが、近年、記憶・学習系としての働きが、注目されつつある。たとえば、Knowltonら(1996)は、巧みなprobabilistic classification taskを用いて、パーキンソン病患者でhabit learning systemに障害のあることを示した。また、大脳基底核を中心とした神経回路網について、異なる大脳皮質領野からの収束性入力(Inase et al.) 、視床下核を介するhyperdirect pathwayの存在(Nambu et al.)、視床への出力の詳細(Sakai et al.)などの新知見が集まり、それをもとに大脳基底核の記憶・学習系としてのモデル研究も盛んに行なわれている。  我々は、視覚刺激−反応の連合学習課題を遂行できるようにニホンザルを訓練し、その大脳基底核淡蒼球から単一神経細胞活動を記録し、解析した。課題は、あらかじめ与えられた手がかり刺激に応じて、ある遅延期間後に、適切な上肢運動−レバーを押す、引く、回す−を選択し、遂行するものである。対照試行では、手がかり刺激として、丸、三角、四角を用い、それぞれを、押す、引く、回す、という運動に対応させた。この3種の組み合わせについては、サルは十分に訓練されており、常に90%以上の正答率で遂行できた。学習試行では、丸、三角、四角の3種の手がかり刺激のうち、1〜3個を新奇な図形と交換した。この新奇な図形が三つのうちのどの運動に対応するかについて、最初は何も手がかりがなく、サルは試行錯誤で反応し、試行を繰り返すにつれて、刺激と反応の結びつきを学習していった。  対照試行期と学習試行期の両方で神経活動を記録し検討してみると、淡蒼球では、少なくとも対照試行と学習試行のどちらかで、課題遂行中の遅延期間に神経活動を増加あるいは減少するニューロンがみられ、しかもその課題関連活動が、学習過程の推移に伴い、変化した。また、同一の課題を遂行中に、大脳皮質前頭前野腹側部から神経活動を記録してみると、学習試行期に選択的に、課題遂行中の手掛かり刺激呈示期に活動を変化させるニューロンが見られた。これらの結果より、大脳皮質高次運動領野を加えて、これらの領域を含む神経回路網により、この連合学習が成立し、維持されていると考えられる。


参考文献

  1. Chen & Wise (1995) J Neurophysiol 73:1101-1121
  2. nase et al.(1996) J Comp Neurol 373:283-296
  3. Knowlton et al.(1996) Science 273:1399-1402
  4. Mitz et al.(1991) J Neurosci 11:1855-1872
  5. Nambu et al. (1996) J Neurosci 16:2671-2683
  6. Sakai et al.(1996) J Comp Neurol 368:215-228
  7. Wise (1996) In (Bloedel et al. eds); The Acquisition of Motor Behavior in Vertebtates, 261-286

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