「発達脳視覚野の可塑性とそのメカニズム」


津本忠治 (大阪大学・医学部)


 大脳皮質視覚野では、幼若動物を異常入力に暴露して飼育すると入力に対応して機能変化が起きることが1960年代より70年代にかけて見つけられた。このように、生後発達の初期に視覚野機能が入力に対応して変わることを視覚野の可塑性と呼び、脳の可塑性の代表的な例の一つとして考えられている。1970年代末になってこのような視覚野の可塑性の基礎には長期増強や長期抑圧を起こす可塑性シナプスがあると考えられるようになった。つまり、シナプス長期増強や抑圧は、視覚野では、生後環境に応じて大脳皮質機能を調節するメカニズムの基礎にあると考えられている。
 我々は数年前にこの視覚野の可塑性にグルタミン酸受容体の一つであるN-メチル-D-アスパラギン酸(NMDA)受容体が重要な役割を果たすことを示唆したが、その後幼若ラットの視覚野における長期増強の誘発にこの受容体が実際に関与していることを見いだした。NMDA受容体は高頻度(テタヌス)入力によって賦活されるとCa2+を流入させることが知られているので、以上の結果はシナプス後部で増加したCa2+が長期増強誘発のトリガーとなることを示唆している。実際、最近我々は、高頻度入力によってそのような変化が起きることを、Ca2+蛍光指示薬を使った実験によって見いだしている。
 この長期増強誘発のCa2+トリガー説をさらに検証するために、Ca2+キレーターを幼若ラット視覚野II/III層ニューロンに直接注入する実験を行なったところ、シナプス伝達の長期抑圧が生じることを見いだした。この結果は、テタヌス入力に応じてシナプス後部でCa2+が増加した場合には長期増強・増加が、ある閾値以下に抑えられた場合には長期抑圧となるを可能性示している。言い換えれば、視覚野の可塑性シナプスはシナプス後部のCa2+濃度によって伝達効率変化のモードを増強あるいは抑圧へと変えることを示唆している。さらに、このモード変化の基礎にある物質の一つとして最近我々はCa2+・カルモデュリン依存性キナーゼII及び蛋白質フォスファターゼIIb(カルシニューリン)の関与を示唆する結果を見いだした。このキナーゼやフォスフォターゼの役割についても論じたい。

戻る