「脳損傷の修復におけるエンドセリンの役割」
粕谷善俊 (筑波大学・基礎医学系・薬理学)
当初、強力な血管収縮因子として発見されたエンドセリン(ET)は、様々な部位で広汎な作用を発現することが示された。ETはそれぞれ3つの異なる遺伝子にコードされるET-1、-2、-3 なるペプチドファミリーからなり、その受容体も2種類クローニングされ、3種のETに対する親和性の差からETA およびETB に分類されている。
我々はETの情報伝達系の解析の過程で、ET-1 がラット初代培養グリア細胞(アストロサイト)に対して増殖作用を持つことを見いだした。このET-1 の増殖作用の発現はETB 受容体刺激が介在しており、その際にPI代謝回転の亢進、Mitogen
activated protein kinase (MAPK)の活性化およびプロトオンコジーン、c-fos の誘導促進が観察された。
成熟した正常の脳内にあってはアストロサイトは分化状態にあるが、初代培養のアストロサイトも Dibutyryl cAMP (DBcAMP) により分化誘導を行なうことによって形態的にも酵素活性の点でも脳内の分化状態アストロサイトを模倣することができる。ET-1は、分化誘導したアストロサイトにおいて、正常血漿濃度レベルの極めて低い濃度で、グルタミン合成酵素活性の低下とそれに相関したチミジンの取り込みの促進、すなわち脱分化・増殖を促した。このET-1による脱分化・増殖作用の発現濃度域は、未分化状態のアストロサイトでのET-1の増殖作用発現濃度域に比べて少なくとも100倍低く、この両者の差は、分化誘導による驚くべきはど高頻度なETB 受容体の発現誘導(370万 site/cell 、通常の増殖過程時の16倍相当)にその一因があると考えられた。
以上の結果から、 in vivo においても分化したアストロサイトにはETB 受容体が高頻度に存在し、脳損傷後の組織修復の過程に見られるアストロサイトの脱分化・増殖に際してET-1が重要な増殖因子の1つとして働くことが予想された。この点を明かにするべく、cold injury によるラットの一過性虚血モデルを用いて検討を加えたので、その結果を合わせて考察する。