ゼブラフィッシュを用いた転写制御機構の解析

ゼブラフィッシュとは?

 ゼブラフィッシュは,体長約4-5cmのインド原産のコイ科の熱帯魚です(図1).熱帯魚屋さんでゼブラダニオという名で百円くらいで売られています.早い発生・世代交代期間,多産,飼育が容易,透明な胚・幼魚などの特徴があり,遺伝学や実験胚発生学的手法が活用できます.なぜ,医学の大学で魚なのか?マウスでは解析困難な局面をゼブラフィッシュで補完できることと,ヒトからある程度離れた動物種を解析することにより初めて発見できることが多いからです.
図1 ゼブラフィッシュ
どのように飼育したり解析したりするの?
 数リットルの水槽に,10-20匹いれて飼育します.循環式の水槽システムにはこうした水槽が100から200装備されています.現在,総合研究棟Dにあるゼブラフィッシュ室には循環式水槽システムが16基設置されています(図2,図3).受精卵に,遺伝子注入装置によりDNAやRNAの導入を行い,その効果を蛍光顕微鏡等で解析しています(図4).

図2 総合研究棟D
図3 水槽システム
図4 遺伝子注入装置

どんな研究をしているの?

 私たちは,ゼブラフィッシュの利点を活かして,種々の転写制御機構の解明に取り組んでいます.具体的には,1)生体防御遺伝子群の発現制御機構,と2)血球分化における転写制御機構,です.

1)生体防御遺伝子群の発現制御機構

 魚類にも外来異物や酸化ストレスに対する生体防御機構があります.私たちは,中でもNrf2システムに特に着目して研究を行っています.この研究の重要な点は,多くの発がん予防食品がNrf2システムを介していることであり,また,Nrf2システムの破綻がさまざまなヒト疾患につながることです(図5).Nrf2システムを活性化する物質は多種多様でありますが,化学構造が異なるこれらの誘導因子群をどのようなに細胞が感知し,最終的にNrf2活性化につなげるのかが知りたい点です(図6).

図5 Nrf2システムとがん予防(上)

図6 Nrf2活性化の機構(右)

 ゼブラフィッシュの最大の利点は,順方向遺伝学が活用できることです.私たちは,Nrf2システムが異常になる突然変異ゼブラフィッシュの探索を行っています(図7,図8).既に,約800F2ファミリーの解析を行い,興味深い変異系統をいくつか単離しています.Nrf2システムに関わる未知因子の同定を目指し,現在,その原因遺伝子同定を行っているところです.

図7 突然変異体スクリーニング
図8 誘導剤に応答したgstp遺伝子の発現

 一方,胚や幼魚は透明なのも,転写研究においては魅力です.私たちは,トランスジェニックGFPレポーターフィッシュを作製し,誘導の様子をライブでモニタリングしています(図9).

図9 GFPレポーター幼魚の鼻におけるジエチルマレイン酸に応答したGFP発光

【参考文献】

1. Kobayashi and Yamamoto (2005) Molecular mechanisms activating the Nrf2-Keap1 pathway of antioxidant gene regulation. Antioxid. Redox Signal., 7: 385-394.

2. Suzuki et al. (2005) Pi-class glutathione S-transferase genes are regulated by Nrf2 through an evolutionarily conserved regulatory element in zebrafish. Biochem. J., 388: 65-73.

3. Takagi et al. (2004) MafT, a new member of the small Maf protein family in zebrafish. Biochem. Biophys. Res. Commun., 320: 62-69.

4. Kobayashi et al. (2002) Identification of the interactive interface and phylogenic conservation of the Nrf2-Keap1 system. Genes Cells, 7: 807-820.

5. 小林麻己人(2002)親電子性物質センサー分子同定を目指したゼブラフィッシュの活用 実験医学 20: 1656-1661.

2)血球分化における転写制御機構

 赤血球,マクロファージ,リンパ球など全ての血球細胞は,多分化能をもつ造血幹細胞から分化します.この制御は厳密であり,支障をきたすと白血病などの疾患を生じます.それでは,どのような制御機構が働いているのでしょうか.私たちは,その答えは各血球系列の前駆細胞特異的な転写制御機構にあると考えています.そこで,最も研究が進んでいる赤血球分化を題材に解析を行っています.注目しているのはGATA-1遺伝子です.GATA-1はジンクフィンガー型の転写因子をコードし,赤血球分化の実行部隊の転写を司ります.GATA-1を特異的に発現するようになった血球前駆細胞は赤血球分化の方向に進むと考えられます.そこで,私たちはGATA-1遺伝子の発現制御機構を明らかにすることを目指しています.ゼブラフィッシュの血球分化は,ヒトやマウスと類似点が多く,格好のモデルになると予想されます(図10).実際に,GATA-1遺伝子の発現は,赤血球前駆細胞特異的であり,また,マウスと同様に,GATA-1のないゼブラフィッシュは,貧血になって致死となります(図11).

図10 マウスとゼブラフィッシュの初期造血

図11 GATA-1ノックダウンマウス(上)とGATA-1変異ゼブラフィッシュ(下)

 私たちは,GATA-1の発現が異常になる突然変異ゼブラフィッシュの探索も行っています.現在までに,約400F2ファミリーの解析を行い,興味深い変異系統をいくつか単離しています(図12).これらの原因遺伝子を明らかにすることにより,GATA-1の発現に関わる未知因子を同定し,赤血球分化のカギとなる分子機構を解明することを目指しています.

図12 GATA-1発現が減弱する 突然変異系統

 一方,赤血球分化の研究においても,トランスジェニックGFPレポーターフィッシュを活用しています(図13).解析の結果,GATA-1の発現維持には, GATA-1自身によるフィードフォワード制御があることが明らかになりました(図14).

図13  GFPレポーターフィッシュを用いた解析

図14  GATA-1のフィードフォワード制御

【参考文献】

1. 小林麻己人、竹内未紀(2006)赤血球分化を制御する遺伝子ネットワーク 細胞工学 25(1): 13-16.

2. Nishikawa et al. (2003) Self-association of Gata1 enhances transcriptional activity in vivo in zebra fish embryos. Mol. Cell. Biol., 23(22): 8295-8305.

3. Kobayashi et al. (2001) Hematopoietic regulatory domain of gata1 gene is positively regulated by GATA1 protein in zebrafish embryos. Development, 128(12): 2341-2350.

誰が研究しているの?

 ゼブラフィッシュグループは,全員合わせて現在10名強です.山本教授の下,小林講師を中心にポスドク1名,大学院生4名という体制です.私たちの研究に興味がある方は,お気軽に小林(kobayash@tara.tsukuba.ac.jp)までご連絡ください.研究室ホームページへ