「神経系初期発生における神経誘導、形態形成過程の細胞・分子機構」


岡本 治正(生命工学工業技術研・生体機能制御研究室)


 神経系の働きには、特に人間のそれに代表されるようにめざましいものがあり、個体発生の中で神経組織がどのように構築されてくるのか古くから多くの人々の興味を惹きつけてきた。
 脊椎動物の神経系は、嚢胚期外胚葉の背側部域から分化してくる。これは、嚢胚期に 胚内に陥入しつつある背側の中胚葉(オーガナイザー)から背側外胚葉に向けて分泌される特異的神経誘導因子の作用によるとされてきた。しかしこの時仮想された神経誘導因子の本体は、過去半世紀以上に及ぶ探索にもかかわらず未だ明らかでない。また中枢神経系で特に著しい、前脳から尾部脊髄にいたる頭尾軸に沿った部域化・形態形成も、神経誘導因子に続いてオーガナイザーから分泌される形態形成因子によるとされてきたがその本体も依然不明であり、別の機構も考えられる。
 我々はこれまでにアフリカツメガエル初期嚢胚の未分化外胚葉細胞とオーガナイザー細胞から出発する初代ミクロ培養系において一連の神経誘導・分化過程を再構成する新しい手法を確立した(1)。ミクロ培養系を用いて様々な神経誘導物質候補をスクリーニングした結果、塩基性線維芽細胞成長因子(bFGF)が生理的濃度範囲(5-25pM)で、オーガナイザー細胞の作用を代行し、単独培養した外胚葉細胞から中枢神経系ニューロンを誘導分化させることを明らかにした(2)。また最近、頭尾軸に沿った神経系の部域化が、bFGFの濃度に応じて決定されるとの知見も得た。さらに嚢胚期外胚葉にはFGFに対する5種の異なった受容体の存在することも見いだした。
 bFGFやその相同分子がオーガナイザーに発現していることは既に報告があり、我々が示した結果はFGF様分子が正常発生過程においてオーガナイザーに由来する神経誘導・形態形成物質の一つである可能性を提起する。

(1) Shohei Mitani and Harumasa Okamoto (1991) Inductive differentiation of two neural lineages reconstituted in a microculture system from Xenopus early gastrula cells. Development 112:21-31
(2) Mineko Kengaku and Harumasa Okamoto (1993) Basic fibroblast growth factor induces differentiation of neural tube and neural crest lineages of cultured ectoderm cells from Xenopus gastrula. Development 119:1067-1078

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