「脳梁と聴覚・言語機能について〜 臨床例研究の長所と短所〜」


杉下 守弘 (東京大学・医学部・音声研)


   左右の耳に同時に異なる刺激を呈示する方法を両耳異刺激聴取(ダイコティックリスニング)という。この方法で言語刺激を脳梁全切断患者に呈示すると、左耳からの刺激をほとんど聴取しない症状(左耳刺激の抑制)が生ずる。この抑制が生ずる理由は次のように考えられている。両耳異刺激聴取では左耳の刺激は主に右半球に伝達される。右半球に至った情報は脳梁が切断されているので、左半球には伝えられず右半球にとどまる。右半球は話すことができないので右半球に至った情報を言語化できない。一方、右耳の刺激は主に左半球に伝達され、左半球は話すことができるので左半球に至った情報を答えられる。以上述べたように、脳梁全切断例では、右半球から左半球への言語情報の伝達が行なわれないため、左耳の言語刺激の抑制が生ずる。このような効果は脳梁の部分切断でも生ずるとされており、それがどの部分であるか諸説がある。本講演ではこの問題を取り上げて検討した。
 従来の脳梁部分切断例での両耳異刺激聴取による研究において欠けていたもので、我々が必要と考えるものに次の3つの条件がある。第1は脳梁正中矢状断がMRIや剖検所見で精緻に確認されていること。第2は脳梁損傷部位が基準に準じて正確に計量されていること。第3は左耳抑制の異常値が統計的に決定されていることである。我々は脳梁の損傷部位をMRI正中矢状断画像を用いて決定した。脳梁損傷部位の範囲は膝・膨大法(Wais et al.,1993)および吻・膨大法(Clarke et al.,1989; Demeter et al.,1988)で計量した。左耳抑制の異常値の決定は50人の健常者の平均値より3SD以上の値とした。
 対象としたのは5例で、2例は脳腫瘍、1例は脳動脈奇形、残り2例は重度てんかんで、いずれも脳梁部分切除術が行なわれた。「強い左耳刺激抑制」は2例の症例で見られた。これらの症例は膝・膨大法で脳梁後部20.24%が切除されていた。左耳抑制現象は術後10年でも見られた。一方、3症例では膝・膨大法で脳梁後部17.28%より前方の損傷であり、吻・膨大法で脳梁後部20.38%より前方の損傷であった。「強い左耳刺激抑制」は脳梁幹後部の損傷で生ずると言われていた。しかし、我々の結果によればこれを生ずる責任病巣はさらに後方で、膝・膨大法では脳梁膨大(脳梁の最前端と最後端間の長さの後部1/5)であった。吻・膨大法では脳梁膨大(吻の先端から脳梁膨大の後端を結ぶ曲線の長さの後部1/5)か、膨大と脳梁幹最後部を含む部分(1/4)であった。
 さらに、本講演ではこの研究をもとに、臨床例研究の長所と短所についても論じたい。

Reference
Alexander, M.P., Warren, R.L. Localization of callosal auditory pathways : a CT case study.
Neurology 1988 ; 38 : 802-4.
Sugishita, M., Otomo, K., Yamazaki, K. et al. Dichotic listening in patients with partial section of the corpus callosum. Brain 1995 (in press).

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