細胞増殖・分化を制御し、細胞死を促すことが知られているサイトカイン(細胞の働きを調節する分泌性蛋白の一種)です。哺乳類においてそのファミリー分子は約40種類報告されており、TGF-βスーパーファミリーを構成しています。TGF-βスーパーファミリーは、大きく分けて3つの異なるサブファミリーに分類され、それぞれTGF-βファミリー、アクチビンファミリー及びBMP(bone morphogenetic protein)ファミリーと呼ばれています。TGF-βの最も研究されている生物活性は、細胞増殖抑制作用です。がん細胞では、あとでもお話しますが、TGF-βシグナルに関与する分子が欠損しているためにTGF-βによる細胞増殖抑制作用を回避することによりがん細胞となる症例が多数報告されています。アクチビンは、下垂体から卵胞刺激ホルモンが分泌されるのを促進するホルモンとして同定されました。その後アクチビンは、赤血球分化、神経分化ならびに生殖細胞の成熟に関与することが見出され、発生初期段階から重要な働きをすることが分かってきています。BMPは、名前の由来どおり骨や軟骨の形成を促すサイトカインとして見つけられました。現在までに、BMPは、上記生物活性の他に単球遊走能亢進、神経細胞分化、血管新生促進等の作用やアクチビンと同様に胎児期において様々な作用を及ぼしています。
TGF-βスーパーファミリーは、細胞膜上に存在する特異的な2型受容体に結合します。TGF-βと結合した2型受容体は、1型受容体と複合体を形成します。2型受容体は、細胞内領域にセリン・スレオニンキナーゼ活性を有しており、結合した1型受容体の細胞内GS領域をリン酸化します。1型受容体もセリン・スレオニンキナーゼ型受容体ですが、GS領域がリン酸化されて初めて活性型キナーゼとなり、細胞の中にシグナルを伝えることができるようになります。1型受容体キナーゼが活性化されると細胞内情報伝達分子であるR-SmadのC末端SXSのセリン残基をリン酸化します。このR-Smadは、TGF-βやアクチビンのシグナルを伝えるSmad2及びSmad3、BMPのシグナルを伝えるSmad1、Smad5、Smad8に分類され、R-Smadがリン酸化されるとCo-Smadと呼ばれるSmad4と結合することができるようになり、この複合体は、細胞質から核に移行します。核内でSmad複合体は、標的遺伝子の転写調節領域に存在するSBE(Smad binding element)に結合し、他の転写因子ならびに転写共役因子と共に標的遺伝子の発現を制御します。また、Smadには、I-SmadといってR-SmadやCo-Smadの働きを抑制する作用をもつものもあり、Smad6とSmad7が属しています。

細胞増殖抑制作用をもつTGF-βシグナルの異常として最も着目されているのは、がん化との関係です。ご存知のようにがん化は、正常細胞の遺伝子に生じた何らかの異常によって、無秩序な細胞増殖が起こる病気です。大腸がんにおいて、TGF-β2型受容体、Smad2及びSmad4の変異が認められており、これらの変異によりTGF-βの細胞増殖抑制作用が伝わらないために細胞が無秩序な増殖をすると考えられます。また、膵臓がんの50%にもSmad4の変異が認められており、TGF-βシグナルが細胞のがん化を未然に防いでいると考えられます。TGF-βシグナルの異常は、がん化以外の病態においても知られています。たとえば、過度のTGF-βシグナルによるコラーゲン蓄積が関与する強皮症や種々の線維症疾患、TGF-β受容体遺伝子(ALK1、エンドグリン)変異が認められる遺伝性出血性末梢血管拡張症、BMP2型受容体遺伝子異常による原発性肺高血圧症です。このようにTGF-βスーパーファミリーは、細胞の増殖・分化を制御し、生体の恒常性を維持する重要なサイトカインの一つで、その異常が様々な病気の進展に関っているものとして注目されています。