「コカインの精神依存発現の脳内機序 −強化効果とドーパミン作動性神経の関与−」


安東 潔((財)実験動物中央研究所)


 コカインは多くの依存性薬品の中でもとりわけ強い精神依存性を有することが知られている。このようなコカインの精神依存性発現の脳内機序については、実験動物を用いた行動薬理学的ならびに神経化学的研究により解明が進められてきた。薬物自己投与行動の実験ではコカインなどの薬物の強化効果の強さや薬物自己投与行動の摂取パターンが把握されている。また、脳内微小透析実験では、コカイン自己投与行動の背景にある脳内各部位の神経伝達物質の濃度変化などがとらえられている。
 われわれの研究室では、静脈内経路で自己投与する単位用量のコカインをラットに注入し、このときの脳内各部位のドーパミン濃度変化を他の依存性薬品であるモルヒネやニコチンの場合とで比較した。その結果、コカインでは側坐核、前頭前野、線条体でのドーパミン濃度に顕著な増加がみられた。モルヒネでも同様の部位に増加がみられたが、その程度はコカインの場合と比べて弱かった。ニコチンでは側坐核でのみドーパミン濃度の増加がみられた。これらのことから、薬物の強化効果発現には主に側坐核のドーパミン作動性神経が関与していることが考えられた。一方、精神依存性あるいは強化効果はあるが、精神毒性はないとされているニコチンには前頭前野と線条体でのドーパミン濃度増加はみられなかったことなどから、強い精神依存性や精神毒性の発現には前頭前野や線条体のドーパミン作動性神経なども関与していることが推測された。
 薬物依存の脳内機序解明は、薬物依存症の治療に、また依存性の少ない医薬品の開発に重要な意味を持つものである。


参考文献

  1. Ando, K., Miyama, H., Hironaka, N., Tsuda, T. and Yanagita, T.: The discriminative effects of nicotine and their central sites in rats. Proceedings of the Satellite Symposium on Smoking and Nicotine: CBF & Metabolism, Japanese Journal of Psychopharmacology, 13: 129-136, 1993.
  2. Ando, K., Miyama, H. and Yanagita, T.: Effects of methamphetamine, dopamine and noradrenaline administered into the nucleus accumbens of rats discriminating subcutaneous methamphetamine. Japanese Journal of Psychopharmacology, 64: 35-40, 1994.
  3. 安東 潔:薬物依存と脳障害・行動薬理学的接近. 生物学的精神医学第11巻(佐藤、沼知編)、学会出版センター、124-135、1996.
  4. Wise, R.A., Newton, P., Leeb, K., Burnette, B., Pocok, D. and Justice Jr., J.,B.: Fluctuations in nucleus accumbens dopamine concentration during intravenous cocaine self-administration in rats. Psychopharmacology, P.120: 10-20, 1995.
  5. 柳田 知司:薬物依存研究の展望 −精神依存を中心に−. 日本薬理学雑誌、100、97-107、1992.

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