「神経発生におけるZic転写因子ファミリーの役割」


有賀 純 (理研・分子神経)


 中枢神経系のパターン形成は各発生段階で特異に働く制御因子の協調的な作用のもとに行われる。我々はマウスの小脳顆粒細胞とその前駆細胞、髄芽細胞腫に強く限局して発現するzincフィンガー型転写因子Zicを見いだし、この因子と関連遺伝子の神経発生における役割について解析を続けている。これまでに、Zicファミリーはショウジョウバエのペアルール遺伝子odd-pairedの脊椎動物ホモログであること、Zic蛋白質はSonic hedgehogの下流因子Gliと同じ標的配列に結合し得ることなどを明らかにしてきた。
 マウスZicファミリーは、非常に早い時期から発現が始まり、原条期胚の外胚葉、中胚葉の一部分に発現が確認され、神経上皮の形成に伴って、その発現は背側の神経上皮、体節の一部に発現が限局するようになる。また後期では小脳顆粒細胞とその前駆細胞に限局している。これらの発現パターンはそれぞれの発生段階におけるZicファミリーの役割を示唆するが、いままでその役割は明らかでなかった。
 まず、初期神経発生におけるZicファミリーの役割を明らかにするために、アフリカツメガエルZicホモログ(Xzic3)を単離して、その役割を検討した。その結果、Xzic3は外胚葉の予定神経領域に発現し、外胚葉を前方の神経組織、ならびに、神経堤組織に分化させる活性を持つことが明らかになった。このことは、Zic ファミリーが外胚葉の運命決定、パターン化に関わることを示唆している。
 次に、Zicファミリーの小脳発生における役割を明らかにするために、小脳において最もmRNA含量が高いZic1に変異を持つマウスを遺伝子相同組換えにより作製し、その表現型を解析した。変異Zic1ホモ接合体は顕著な異常運動、姿勢異常、歩行失調を伴い、多くのものが一ヶ月以内に死亡した。ホモ接合体の中枢神経系では、小脳全体の顕著な低形成、小葉パターンの異常が認められた。
 この小脳の形成異常は、胎仔齢17.5 日目から認められ、出生前、小脳の小葉形成が起きる以前にもZic1の作用点があることが明らかとなった。また、Zic1が実際に強く発現している顆粒細胞の前駆細胞の増殖の低下がこのホモ接合体で見られた小脳の表現型に関係している可能性が考えられた。このようにマウスZic1は神経発生の後期における制御因子の一つであることがわかってきた。
 今後、中枢神経系の発生過程でZicファミリーがどの様なシグナル伝達カスケードと関係し、どの遺伝子を制御しているのかを明らかにしたい。


References

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