「パーキンソニズムの発現と大脳基底核の役割」


今井 壽正 (順天堂大学・医学部・脳神経内科)


 パーキンソン病(PD)(James Parkinson, 1817)とは、主として老年期に発祥する代表的な中枢神経系疾患である。PDは、そのうち、その病態が生化学レベルで最もよく解明されており(nigro-striatal dopamine deficiency)、幸運にも、その成果に基づく補充(薬物すなわちL-DOPA)療法が奏効した唯一の疾患である。PDの症状(パーキンソニズム)の主体は運動系にあり、@振戦、A筋固縮、B無動akinesia(動作緩慢、すくみなど)、C姿勢(反射)障害を、運動4主徴という。主要病変は、中脳黒質緻密層のdopamine neuron の変性脱落であり、ついで橋青斑核のnorepinephrine neuron も変性する。そしてLewy小体と呼ばれる細胞質内封入体が出現する。
 パーキンソニズムを巡っての諸研究は、L-DOPA療法の出現後、@発症機序・病因論とA大脳基底核の機能解剖学的研究とで、すでに多大の貢献を為してきた。
(1)演者が臨床医となった1971年は、本邦にてL-DOPA療法の開始時期に当たり、順天堂は当時から本邦にてPD患者のメッカであり、その中に、4主徴のうち@、Aを欠くパーキンソニズム?患者が見出され、L-DOPAが無効だった。演者ら(今井と楢林、1974)はこの1群を、L-DOPA無効の純粋無動症 pure akinesia(PA) と呼び、PDから分離した。後にPAの剖検例が得られ、PAの筋固縮を欠く理由とすくみ症状の責任病巣が pallido-nigro-luysian strophy を巡って神経学会でトピックスとなった。
(2)1971年に瀬川の記載した、著明な日内変動を伴う遺伝性進行性ジストニア(HPD)もL-DOPA療法の出現によって確立した疾患単位である。5歳で発症するこの稀少疾患は、終生L-DOPAが著効し副作用が出現せず、dopamine neuron は存在するけれども機能せず、という状態が示唆され、事実、最近、biopterine 系の酵素異常(mutations in the GTP cyclohydrolase I gene)によることが本邦の研究(Ichinose et al,1994)によって発見され、変性疾患でないことが確認された。
(3)MPTPパーキンソニズムの発見は、PDの実験モデルの作製とcell & molecular biology の進展に新時代を開いたが、PDの発症機序・病因論にかんしては、本邦におけるN-methyl(R) salsolinol (ヒト脳内在物質)の研究(直井ら)が注目される。
(4)最近、演者ら(Kojima et al,1997)は、PDの発症機序とは異なるが、黒質 dopamine neuron へのほとんど唯一の興奮性入力源である脚橋被蓋核(PPN)の破壊によってパーキンソニズムが発症することを見出した。PPNは、大脳基底核との機能結合上、黒質(緻密層と網様層)の下位に位置している、といえよう。


References

  1. 今井壽正(1996):Annual Review 神経 1996:189-197.
  2. Ichinose, H. et al(1994): Nature Genetics 8:236-242.
  3. Naoi, M. et al (1997): J. Neural Transm. [suppl] 50:89-105.
  4. Kojima, J. et al (1997): Neurosci. Lett. 226:111-114.

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