脊椎動物の体を構成する全ての細胞は、外胚葉、中胚葉、内胚葉と呼ばれる、初期胚において定義される3種類の細胞群から生じます。このような、発生初期の細胞分化を制御する分子機構は、哺乳類ではほとんど分かっていません。
胚性幹細胞(ES細胞)は、3胚葉とそこから生み出される全ての種類の細胞に分化する能力を持ちあわせた「分化多能性」を有する細胞です。近年、ES細胞を用いたin vitro 分化系の発展により、失われた細胞や組織の機能を回復させる再生医療への応用が期待されています。これに加えて、ES細胞を用いたin vitro 分化系は、未だ不明の点が多い、哺乳類の初期発生の分子機構を理解する上での重要な手段の一つでもあります。私達の研究室ではマウスおよびヒトES細胞を材料に、神経細胞、感覚系細胞、表皮等を生み出す「外胚葉」の分化機序の解明に取り組んでいます。
外胚葉由来組織のうち、脊椎動物の外界への知覚を可能にする極めて重要な構造である頭部感覚器は、予定感覚プラコード領域と呼ばれる、頭部神経板に隣接する特殊化した非神経外胚葉組織から発生することが知られています。当研究室では、この非神経外胚葉組織からの、嗅上皮、レンズ、内耳といった個々の感覚プラコードへの分化機序の解明と、in vitroでの効率的な分化誘導法の確立を中心に研究を進めています。
非神経外胚葉組織に対し、神経外胚葉組織は外胚葉組織のもう一つの重要な分化方向です。神経外胚葉は脳や脊髄などの中枢神経系および末梢神経系のニューロンや、グリアに発生します。当研究室では、ES細胞からの神経外胚葉組織への分化機序の解明の研究も進めています。
当研究室では、大根田研究室との共同研究で、ヒトES細胞を用いた中胚葉系細胞への分化誘導法の研究も進めています。中胚葉系細胞からは、間葉系幹細胞、血管内皮前駆細胞などが生み出されます。間葉系幹細胞は、成体の骨髄・臍帯血・脂肪組織等に存在する未分化細胞で、増殖能と多分化能(特に骨細胞、軟骨細胞、筋肉細胞、腱細胞、脂肪細胞等への分化能)を有することが知られていますが、成体から得られる組織由来の間葉系幹細胞を、増殖能と多分化能を維持したまま長期に維持培養する技術は非常に難しく、未だ確立されていません。均一性や増殖能に優れたヒトES細胞から間葉系幹細胞を誘導し、多能性を保持したまま維持する培養系を確立することができれば、骨疾患、関節軟骨移植、心筋梗塞などの、再生医療に有用な細胞の生体外増幅に繋がると期待しています。
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